平久保崎ののどかな午後
石垣島は八重山諸島のなかでも開けたのどかさがある。その典型が島の北部だ。西表のような自然に飲み込まれそうな場所でからだを張って生きる感じではないし、竹富島のように、ハレとケ(日常と非日常)が入り交じった独特の雰囲気(緊張と弛緩、外向きと内向き、規律とくつろぎが時間帯によって切り替わる)もない。石垣島はどこへ行っても人の手が入った牧場やきび畑に開墾されていている。それでいて人がくつろげる空間は広い。

レンタカーのヴィッツは快適に北上を続ける(今回レンタカーを借りた空港近くの事業所は、感じが良くまた次も利用したいと思った。BGMのカセットテープも用意されている)。空港や港のある市街地からそれほど距離があるわけでもないが、それほど近くもない。でも、格段に人は少なくなる。

(伊原間のきび畑)


地元の人は有名なビーチには行かない。観光客であふれているうえにそれほどきれいでないことを知っているから。となれば、島の北をめざすことになる。西海岸なら米原から上だろう。ぼくが泳いだ浜にはシャワーやトイレはないが、水は澄んでいて人も少ない。幾重にもつながる渚で泳いでいるのは数人だけ。一人ひとりがひとつの渚を占領することできる。

この辺りの渚は、小さな砂浜が根本がえぐられた岩で区切られた独特の地形。渚に番号を割り振ればプライベートビーチのようである。静かな渚なので観光客が押し寄せるような場所ではないが、石垣島のリピーターなら写真を見れば「ああ、あそこだ」とわかるだろう。

いつものようにゴーグルを付けて海へ入る。水温が低い時期だと適当な運動量となってからだが冷えるのを防げる。ゴーグルだけの自由さは道具の利便に優るけれど、潮の流れが読めることが条件。リーフのなかでは潮流はそれほどでもないが、足ヒレを付けない分、潮の流れに逆らって長い距離を泳ぐと気付かぬうちに体力を消耗する。

観光地化された川平湾よりもいいと思ったのが最北端の平久保崎。牧草の広がる丘陵がそのまま海に続き、リーフに取り囲まれた海が濃淡を見せてたたずむ。天候や風によって一瞬一瞬変化していく色彩。ときどき雲がリーフの上を通り過ぎていく。すると海が草原をたなびく風のように水色の色彩に濃淡を付けてゆらめく。草に寝ころんで風を感じる。これ以上の時間が必要だろうか。

(平久保崎から東の海岸線を見る)


ああ、なんていいんだと思っていたら、女性ふたり旅の会話が聞こえてきた。「明日からまた仕事に帰ることを思うと気が重い」。そうか、八重山旅行が逃避行だったんだ。それぞれの平久保崎の午後。

八重山には一人旅の女性が少なくない。西表の宿にもふたりいたが、石垣島北部で出会った女性もそうだった。


平久保崎からの帰りに彼女を誘って半島の東斜面の放牧地に出かけた。牛がいるので柵のロープをほどいて通過後には再び柵にロープをかける。牛が人に近づいてくることもある。路面は凹凸で荒れているから、普通車で林道走行をするときのコツ(クルマの轍の片方を常に高いところに置く)が必要だ。

雲がたれ込めて夕立が降りてきそうな時間帯。草原をわたる風と牛、その先に横たわる島を囲む珊瑚礁と外洋の濃い青。観光地でない石垣島の表情だ。



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