浅田美代子 「ゴールデンベスト」
「赤い風船」のヒット曲で70年前半に活躍した人だけれども、これまでレコードやCDを聴いたことがなかった。ふとしたきっかけで「赤い風船」を聴いて、歌が耳から離れなくなった。クルマに乗って運転すれば口ずさんでいる、仕事をしながらもメロディーが頭のなかで鳴る。
CDを買うかどうかしばらく考えて手にしたのが「ゴールデンベスト」。シングルA面、B面が収録されている。
いざ手に入ってみると、いつでも「赤い風船」が聴ける。そう思うと、それまで温めていたような感激はなかったし、シングルのB面も入っているからどうだろう?と思いつつ進めてみた。
人はうたうとき、あるいは楽器を弾くときに、無意識に美しい音を出そうとする。それがビブラートになったり、楽器を朗々と歌わせたりする。ところが、浅田美代子は声を飾らない。
浅田美代子は歌が下手だ、といわれることがあるけれど、果たしてそうなのかなと思った。このCDを聴いていると、この人しかありえないと思える歌が少なくない。浅田美代子に合う歌をスタッフが的確にプロデュースしてきたのだろう。シングルのB面は捨て曲で、歌手としての可能性を求めてさまざまな冒険がなされることがあるけれど、浅田美代子に関しては、A面と同じ色で補っているよう。
浅田美代子は、もし一発で決まらない音程があれば、伸ばす音の間に手探りで捕まえに行く(どちらかといえば上げることが多いよう)。歌を正確に再現するのであれば、コンピュータにさせればいい。けれど正確な歌からは、歌の枠に整然と収まってしまって、なんだか微笑みがなくなることもある。生身の人間がうたうわずかな揺れが心地よさ、安らぎにつながっているのではないか。少なくとも浅田美代子は気持ちよさそうにうたっているし聴いていても気持ちいい。
そんな浅田美代子の頂点に立つ楽曲が「しあわせ一番星」かなと思う。ハーモニカの叙情的な伴奏のあと、ささやくように歌いはじめる。夕暮れは遠い祖先の記憶が蘇り、じんわりとなつかしさに包まれる時刻に少女はたたずむ。楽曲は始まったばかりなのに歌声を一度包み込み、遠い世界へ聴き手を連れ出す。
「夕陽を追いかけ母さん忘れてる 道草あの娘の長い影法師」(しあわせの一番星)、「母さん遅いなカラスが鳴いた」(きょうは留守番)など夕暮れが心に浮かぶ情景の美しさは、かつて日本のまちの日常ではなかったか。浅田美代子にしか歌えない世界がある。
CDは、手に入りやすさや収録曲の充実(音楽に浸るためにはある程度の時間が必要だから)を考えると、,「GOLDEN☆BEST/浅田美代子」がいいように思う。21世紀の「赤い風船」は忙しい大人がスローライフへ想いを寄せる処方箋である。
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