海部川に集まった人の感想
2000年夏に海部川へ集まった人たちの声です。 関東3人、四国1人の手記を掲載。 南四国から離れられなくなるかも… |
●海部川に遊ぶ(2000.8.11〜13。ただし仕事の合間を縫っての通い)/ゆうすいさん 東京、神奈川、京都などから海部川へ来た「それいけトクシマ」隊(早い人は8/10から来ている)の総勢約20人。そのなかに地元民として混ぜてもらって徳島県南部を流れる海部川で遊んだ。海部川は高校のときから自転車で通った川。その頃から比べると格段に道路は良くなったが、そのために渕がひとつふたつ消え、竹林がなぎ倒されていった。それでも海部川は生きているのは、年降雨量4000ミリに達する湿潤な流域だから。 前日にみんなと合流できなかったぼくは、お気に入りの渕で遊んでいた。ここには絶妙の瀬と渕があり、小さな中洲の対岸には山からの湧き水が落ち、渕の頭上は広葉樹の山裾で樹木が覆い被さっている。道路から竹林を隔てた静かな場所として、夕暮れのヒグラシの厭世観を感じさせる声、カジカの合唱、水紋が川面に立ち、星がひとつふたつ輝きを増す川の時刻には沈黙が訪れる。拡張工事で道路がすぐそばまで来たのは残念だが、川の中は変わることなく、水深約5メートルの渕に手が届きそうな気がした。 川に身を任せていると、上流から3艇のカヌーが流れてきた。ふと顔を見ると知り合いの相模川の人たちであった(前日は野根川を楽しんできたそう)。ここで二人艇に同乗させてもらい、10キロ先のベースキャンプまで行くことになった。 海部川は2週間前に大水があり、そのために水量がある絶好のコンディション。陸の上からみれば、水深1メートル以上のところは翡翠色に沈着し、写真では表すことのできない階調で紺碧に沈んでいく。特に三間岩の渕は必見だ。 渕に流れ込むいい瀬があるたびに飛び込んだ。なんだこれは!−−−そこは、粒の揃った小石や礫が敷きつめられた川底の日本庭園!−−−ぼくは呼吸をすることさえ忘れ、このまま河童になってしまうのではないかと思った。しかも流速に応じて粒径は変わっていく、その変化の必然的な美しさ。流れに乗って遡るアユはもちろん、川底に張りついたゴリや大きなウグイの群れと遭遇する。けがれを知らないムクな石ころは豊かな森とダムのない川である証。何年たってもこの川の美しさに慣れることがない(東京のみなさん、ぬるいビールを飲むよりも川に五感を預けるだけで楽しめるんですよ (^^))。 ベースキャンプでは、海で遊んでいた吉野川東京の会の人たちとも合流(予定の海部川ベースキャンプではなく、日和佐川上流で野田さんと一夜を過ごしたとか…)。その夜は、ペルセウス座流星群を眺めながら夜が更けていった。 南阿波海部では、山と川と海が渾然一体となり、そこに人の生活の営みが濃厚に関わっている。この地域のことをもっと知りたい人は「南阿波海部の新しい波〜エコツーリズムによる地域づくり」(国会図書館、徳島県立図書館に蔵書)でご覧ください。 第十堰ができた頃の吉野川はきっとこんな大河だったはず。あの水量でこんな風景が繰り広げられたらどんなにかすばらしいだろう。ふと吉野川に思いをはせた。 ●暑い夏を過ごされた皆様へ/むらちゃん 今年度の徳島遠征隊は事故も無く、今朝、全員が無事に解散することが出来ました。「それいけ、トクシマ!」に参加された皆様、お疲れさまでした! また参加出来なかった皆様、来年は一緒に踊り、川で遊びましょう! 帰りの高速道は、行きと同じく特に大きな渋滞も無く、スムーズに帰れました。それでも疲れが溜まっているにも係わらず運転手となった方々、本当にお疲れ様でした。ぼくも少々、疲労困憊。だけど今年も本当に楽しかったなぁ〜。参加して良かったと思える、いい旅だったと思います。 コーディネータを引き受けたにも係わらず、今年も少々乱暴な行動をしてしまい、反省しています。それでも一昨年・昨年に比べ、だいぶ乱暴度が低くなってきたと自分なりに観察。少しづつ成長です? 来年も行くことになるとしたら、今度は天使の笑顔と態度で参加したいと思います。参加された皆様には、本当にお世話になりました。 取り急ぎ、帰宅報告まで。 近日中に「それいけ、トクシマ!」の詳細をMLに書こうと思います。行けなかったみんなは、それを読んでおおいに羨ましがってね!なんちって。 今日からは水の匂いがない、街での生活。ぼくはこれから某週刊誌企画の打ち合わせに行ってきます。暑い雑踏。それでは、お疲れさまでした。 ●ちょしだ@大学です。 今朝4時頃、用賀インターに到着し、Rさん、Mkさんを世田谷でおろした後、月見荘へT氏、M氏とともに帰りました。 帰りの車では、だいぶ無口になってしまいました。とても疲れていたんです。みなさんすいませんでした。来年はもっと体力つけます。朝の運動をかかさずやらなきゃ。ね、Tさん。どっちが先に腹筋が割れるか競争ですね。 今回幹事を務めてくださったMさん、運転手だったKさん、Mさん、Tさん、Iさん、あとキャンプ道具その他を提供してくださったMさん、Kさん、料理長だったMnさん、本当に有り難うございました。おかげで楽しいお盆休みを過ごせました。なにより我が家の問題児「久蔵」の面倒をみてくださった皆様に深く感謝します。 Iさん、Mnさん、いろいろと話したり無いトピックスが残っています。今度ゆっくりお話ししましょう。Rさん、Msさん、ご近所ということで、今度しもきたで飲みましょうよ! Kjくん、海パン忘れてたよ!涼しくなったら、またキャンプ行こうね。Kbさん、酔っぱらって平手打ちしたこと、すいませんでした。でも温厚なKbさんは笑って許してくれるはずだ。うん、うん。Hさん、来年もまたエビ取りに行きたいですね。 川にぷかぷか流されている時間は本当に至福のときでした。水の中に体を浸しているだけ、それだけであとは何にもいらないです。 来年も阿波踊りに行きましょう! ●Iさんのメッセージ オマケで「それいけ、トクシマ!」に参加させていただきました。遅ればせながらのお礼です。(久しぶりに仕事に出たら、暖機運転もなくいきなり全開運転になったのでスミマセン) Mくん、コーディネータ役お疲れさまでした。あまり何も考えず、本当に休日モードで参加させていただきました(おかげでMnにしかられてしまい、皆にもご迷惑おかけしましたです>申し訳ない)。本当にありがとうございました。(紀行文もおもしろかったっす)初体験のエアボード、心から楽しみました。で、MLにはいつ入れてくれるの? カヌーは「祖沈」の二ケタ記録を初体験でつくり、その厳しさを知りました。でも、M T I の海賊ごっこは最高でした。陸の上でもやりましょう>海賊ごっこ。 Kさん、結局代役ドライバーそんなに役立たなかったですが、いいクルマでしたね。快適な旅をありがとうございます。Tさん共々眠いところ駅まで送って貰っちゃったし、甘えまくりです。 Hさん、ゆっくりお話したのは初めてでしたが、皆の前で話されていた川の話感動しました。というかウラヤマシイ限りです。バカ話もよかったけど。。。 Tyさん、久蔵くんとのコンビ最高でしたね。あのブルも懐かしかったです。今度はロックの話をゆっくりしましょう。 Kjくん、といえば、メモ。行きのクルマの中で私が日本のポップスの傾向と対策のバカ話をしている間なにか書いているから、「そんなにためになるのかしらん」と思ってたら単なる記録だったのね(笑)。また読ませてね。 Ryさん、あの風でテントがころがったのは悪いけど笑いました。 あー、書き出すと尽きないのですが、そのほか、関係した皆々様方、ありがとうございました。またお会いできるのを楽しみにしています。 デジカメ写真を多数撮ったので、またWebに貼り付けます。そしたらまたメールでお知らせします。 ●「吉野川・東京の会」では、今年もメンバー有志で徳島へ行きました。その後半です。まったくの主観で書いてます。まだ気が早いですが、来年も川好き、キャンプ好きで遊びに行く計画。みなさんもどうですか? ● 『それいけ、トクシマ!』騒動記 後半(8/13〜15)/Mさん 8月13日(晴・カヌーと阿波踊り) 朝、起きてみると雨の気配はない。台風の影響は避けられたようだ。ホッとする。静かにコーヒーなどを飲んでいると、みんなも起きだした。さあ、今日も長い一日になる。朝食に昨夜購入したパンをみんなで食べる。河原の朝は気持ち良い。沢山食べて、遊びに供えなくっちゃ。 阿波踊りのために徳島へ行くまで、海部川をカヌーで下ることになった。相模川メンバーは、木頭村へ遊びにいく。Igさん家族は、朝食後に徳島に一時帰宅。ゴムカヌーが3艇、ポリ艇が2艇、参加人数は定員オーバーの9名で出発。30分交代でいろいろな組み合わせでカヌーを乗りかえる方法をとった。 カヌー初心者が多く、みんなが胸をドキドキさせているのが判る。本当に楽しそう。それぞれの性格が見事に現されているので、笑ってしまった。川の上を流れるカヌーから流れを覗き込むと、手に取るように川底の様子が見える。まるで宙を飛んでいるような錯覚を覚える。驚いた魚が水面に跳ねる。 最初の「沈」はTくん。流れのなかで岩にへばりついた後の「沈」。いわゆる「沈」のなかでも最低といわれる「粗沈」だ。立て続けに、そのTくんを助けようとしたIさんも見事な「粗沈」を披露。もっと豪快な「沈」ではないと詰まらない。 とかなんとか言っていると、悪いヤツがいて、カヌー下りがしだいに「沈没ゲーム」の様相になってきた。そうだ思い出した。Kさんも見事な「粗沈」をしたのだ。それも前にRyさんという初心者を乗せているにも係わらず、カッコ悪いなぁ〜。 そうそう、Kjくんが男になった瞬間も忘れてはいけないな。ひとりで流れのなかの瀬を漕ぎきった彼は、「自分がやれることはやりました」。顔がピカピカと輝いていたのをみんなが確認しています。花丸◎をあげましょう。最後は時間が押していたせいで少々疲れたけれど、面白いカヌーツアーだった。 そして徳島へ移動。Nsさんの仕事場の駐車場へ車を置かせていただく。18時、徳島城跡・鷲の門に集合。徳島の面々と相模川メンバーと合流。Mkさんがヤアヤアと登場。Snくんも元気そうだ。Igさん終始ニコニコしている。 踊る前からビールが回ってきた。美味そうなビールじゃないか。帰り道も運転しなければいけないので、最初に飲んでおく作戦で遠慮無くいただく。SnくんとMkさんが、目でビシビシと牽制している。2人の間に何かあったのか。大汗をかき、顔はヘラヘラと笑い、順番が着たら踊り歩く。みんな良い笑顔。 そして全員がすっかり阿波踊りにハマッタみたい。もう仲間同士で来年の話をしているのが面白い。やっぱりそれだけの魅力がこの踊りにはあるんだね。いやはや、恐るべし。 22時近くまで踊り狂い、また来年という合言葉を口々に解散。ぼくは疲れたせいもあって、ひとりテクテク歩き、みんなにご迷惑をかけました。海部川に辿りついたのは12時半過ぎ。みんなクタクタ。 河原に降りると知った顔が。藤沢を流れる引地川を守る運動をしている通称「かわうみ」の人たちが到着していたのだ。ヤアヤアと久し振りの再会でぼくも宴会に混ぜてもらう。一人減り、また一人減り、ぼくも1時過ぎにバッタリと就寝。 8月14日(曇り・馬路村へ遠征) 今日はどちらというと休息日。Mkさんが朝から大声でうるさい。MnさんとIさんは朝早く帰路。バイバイ。相模川メンバーも午後、神奈川へ向けて帰るという。 ぼくらは高知県・馬路村へ遊びに行くことにする。 馬路村は「ごっくん馬路村」など、ユズを使ったヒット商品で村おこしをしている村。この村を流れる安田川がメチャクチャいいらしいのだ。なので出掛けることにした。 ぼくは半分仕事。安田川で遊ぶ子供たちの撮影だ。レンタカーで一人先に出発。3ケタ国道の狭いクネクネ道を使って山を越える。非常に疲れ、眠くなる。なので日陰に車を止め、少しだけ休憩。でも、起きたら3時間も眠っていた。ビックリ。馬路村に着く。村を歩きまわり、情報収集。ソーメン食ったら美味かった。250円なり。 この日はこの村の中学生全員、野球の応援で村外にいるとのこと。ガックリ。集落の中心にある温泉に行くと、久蔵がつながれて吠えているのを発見。駐車場でウロウロしているとみんなとバッタリ再会。途中やはり追い越されていたのか。みんなは温泉に浸かり、昼飯も食ったとのこと。チェッ。口惜しいので、またぼくはひとり別行動をすることにする。 水中カメラを取り出し、ヤスで鮎を突く高校生を撮影する。上手いものだ。6匹の鮎を突いたところで終了。誉めると誇らしい顔つきを見せてくれた。いいなぁ〜。 夕方まで馬路村に滞在。みんなは室戸岬経由で海部川キャンプ地へ。ぼくもみんなの後を追うように、キャンプ地へ。海に沈む夕日がキレイ。キャンプ地へ着くと、みんなは焼肉を食っていた。肉は殆ど残っていなかった。お刺身をふた切れもらった。美味かった。みんなの優しさに涙を流す。夜は再び、テナガエビ採取。Tyさんとぼくがモクズカニを捕ったので、茹でて食う。 空を見上げると本当にまん丸の月が浮かび、川の流れが白く輝いていた。久し振りに早い時間に就寝。 8月15日(快晴・エアボートと帰京) 朝。今日はMkさんの大声ではなく、猛烈な日差しで目がさめる。海部川最後の日。名残惜しい。午前中は、海部川を5キロほど「エアーボート」で下る遊びをする。プカプカと流され、川に顔をつけながら下っていく。至福のとき。みんな「エアーボート」に完璧にハマッタようである。「エアーボート・スポーツ協会」の会長として嬉しい限りである。うほほ。 仰向けになり、川の流れに任せ、空を眺めながら川を下る。こんな楽しいことない。12時過ぎにキャンプ地に到着。腹が減ったところ、留守番をしていたTくんが昼飯を用意してくれていた。感激。それも炊き込み御飯だ。美味い。ソーセージもある。いいねー。アッという間に平らげる。 昼食の後、のんびりとキャンプの片付け。ゴミを拾い、海部川サヨウナラ。徳島市内へは16時ごろ到着し、Mkさんの実家で梨を沢山貰う。美味しい梨。特に大きな渋滞もなく、京都でKbさんと別れ、一路東京へ。ぼくは養老まで運転手。しかし、その後なぜか気絶してしまい、意識が戻ったのは御殿場だった。K号、Ty号とも事故もなく、無事に帰宅。みなさん、お疲れさまでした。 また来年! ▲戻る この地域についてさらに詳しく→海部エコツアー(長いけど必読です)。 Copyright(c) 1999-2000 office soratoumi, All rights reserved |