感性の技術者がつくるラジオカセット
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音のいいラジオやラジオカセットが欲しいと思って電気店に行って、片っ端から展示品を聴いてみても、納得できる再生音を聴かせるものには巡りあえない。 妹が小学生のときに親に買ってもらったラジオカセットは、文字通りラジオとカセットに2個のスピーカーが搭載されたパイオニアのSK-7という機種。けれど、ステレオ装置で聴くよりも繊細で心洗われる音楽を奏でた。20年前で6万円近くしたと思う。 当時のテレビCMで、ジーンズの若者が大きなラジオカセットを抱えて大陸横断鉄道に乗り込み、ナレーションが「〜500マイルは遠くない」と流れた。ステレオ装置では三角形の頂点に座ってじっと聴かなければならない。けれど、ラジオカセットをともに旅に出る。そして移りゆく風景のなかで聴きたい音楽を聴く。これは自由だと思った。 実際は大きな筐体なので日本の列車に乗ることはむずかしいけれど、家で夜に小音量で聴くときは、ステレオ装置よりも良質の再生音を聴かせた。響きがナチュラルで、それはもううっとりと聞き惚れたもの。 今はCD付きラジオカセットが1万円を切って買える。けれど昔のラジオカセットと音が違う。もっとも大きな違いは、音が出ているときに静けさを感じないこと。昔のラジオカセットは、ヒスノイズのあるカセットテープであっても音楽は躍動していて、しかもノイズは背景に隠れていた。今のCDやMD付きラジカセは、音楽の表情が平板でいつも音楽とノイズが混入して鳴っているようにざわめく。音楽の表情が死んでいる再生音を聴いていても99%の人は違和感を覚えない。それが怖い。 MDではその傾向が強い。MDを聴くことで音楽音痴を量産しているのではないかとさえ思える。音楽の癒しとは音楽そのものであり、またその音楽がその人に呼び起こす記憶なのだけれど、音楽波形の持つ癒し成分、2万ヘルツ以上の超音波成分の役割が大切だ。MDはその超音波成分のはるか手前からばっさり切り捨てている。CDはまだましだが、それでも良質のアナログオーディオには現在でも及ばない。そのため、メーカーでは超高域(超音波)を再生できるSACDという規格をつくった。SACDの音はまるでCDと空気感が違う。これはアナログを越えたと思えるのだが、いかんせん欲しいソフトが少ない。 なぜ日本から音の良いラジオ、ラジオカセットが消えたのだろう。最大の要因はコストだ。しかし基本設計さえよければ、人件費の安い国でつくっても訓練した作業者よって性能は保たれるはずと思える。 メーカーは昔のようなラジオやラジオカセットは売れないと決めてかかっているのだろうか。例えば、オークションで高値が付く20年前のBCLラジオは、デザインがかっこよかったが、それ以上に磨くと光るアルミパネルの質感やフライホールを使用したダイヤルつまみの回し心地がうれしい。それを味わいたいから、30代から上の人がこぞってかつてのラジオを求めているのだ。 ぼくはいい音の出るホンモノのラジオやラジオカセットをつくってみたい。問題は、良質のコイルやトランス、コンデンサー、バリコン、リレーなどの部品をどこで手に入れるかである。たいていこうした部品は町工場(それも工場内で1人ぐらい極めて腕の立つ職人さんがつくっていたりする)で作られていたのだ。しかも同じ工場で同じ部品をつくってもロットが違えば(たった1個の部品であっても)音が違うということは日常茶飯事。そして音質向上のノウハウはユーザーも持っていた。 ラジオやラジオカセットは音楽に最初に接する道具だ。ときに居間で、ときに台所で、ときに寝室で音楽に浸れる。だからこそ、小さくても音の良い機械をつくってみんなに使って欲しい。 音量調整や音質調整はスライド式ではなく、もちろんつまみ式。こっちのほうが断然使いやすい。それもアルミ削りだしにする。不思議なことに人間が心地よい感触の外装は、音も良くなる。現在ほとんどのラジオとラジオカセットはプラスチックである。そのほうが強度が得やすく成形しやすいということがあるのかもしれないが、金属の筐体は安心感がある。 ほんとうに必要なのは、長い間高品質を保つ気配りの技術だろうと思う。例えば、ボリュームのガリを発生させないために、ボリュームを絞って電源を切るというのはぼくの常識だけれど、一般の人はそこまでしない。だから電源スイッチを切ると、自動的にボリュームが絞られてから電源が落ちるような仕掛けにする、切り替えスイッチやリレーは密閉式にして湿気やホコリによる経年変化の影響を受けにくくする。電源を差し込むときに電位差を測定して音のよく鳴る差し込み方向を知らせるインジケーターをプラグに付ける、などさまざまな工夫が挙げられる。 PL法以降、法的に責任を逃れる対策は練ったが、長く品質を保つという工夫はほとんどされていない。メーカーにとって買い換えサイクルが長くなるためのコストアップは社内の同意を得にくい。しかしそのような経営姿勢は今後数年の間に賛同を得られなくなるだろう。 いまの日本に技術者はいくらでもいる。ほんとうに必要なのは、感性を持った技術者、そしてそれを大切にする経営者だ。 追記 ぼくが納得できる製品として、ラジオは、パナソニックのRF-U99(実売15千円〜17千円)とビクターからまもなく発売されるRA-BF1(NHKと共同開発した聴取補助システムを搭載。これは注目の技術)。短波帯までを含めるならソニーのICF-SW7600GR(実売30千円〜35千円)。ラジカセでは、やや人工的なムード調であるもののビクターのRC-Z1MD(実売30千円前後)、コンポスタイルでは本格的な(つまりじっくり音楽とつきあえる)再生音のケンウッドSK-3MD(実売35〜40千円)が納得できた。ケンウッドはこの価格帯でこれだけ聴かせるのかと驚いた。 音楽のエッセンスにじっくり浸りたい人は、ソニーのアクティブスピーカーSRS-Z1(実売14〜16千円)に、ソニーかナショナルのポータブルCDプレイヤー(15〜20千円クラス)を組み合わせると異次元の生々しい音楽が体験できる。信じられないかもしれないが、人の声の実在感と自然さ、音場の広がり、小音量での美しさは、間違いなく100万円のシステムを上回る。これまで講演会や研修会で何度か聴いていただく機会があったが、聴いた人は納得されていると思う。 (注/価格については変動するとともに、店舗によって価格政策が異なります。表示は目安であって保証するものでありません) ▲戻る |