小さなCDプレーヤが奏でる小宇宙
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特技かどうかわからないが、ぼくの耳は他の人が聴こえない微妙な音の差異を聞き分ける。例えばステレオ装置の電源コンセントの向きで音が変わるが、どちらか一方の音を聞くだけで判別できる。極性が正しければ一聴して中央の音像イメージが濃厚になるのだ。 小さい頃からせせらぎや虫の声を擬音化して聴いていた。水の味にも敏感だ。生まれて一度もタバコを吸ったことがないからかもしれない。そんな五感を持って世の中を見ている。そんな感性で生活者や経営を見ている。 最近寝静まってからの楽しみが増えた。音のいいCDプレーヤーを発見したのだ!それは、ソニーのCDウォークマン。てのひらの乗る200グラムの銀色に光るアルミパネルの質感の高さ(眺めるだけで幸福になれそう)、蒼く光るディスプレイの洗練された雰囲気、簡素なだけにいつも手元に置いておきたくなる。 その小さな箱が奏でるさりげなく深い余韻に打たれてしまった。音楽がベールを取り去って直接飛び込んでくる。こんなにも音楽は無垢だったのか…。聞き慣れたCDを取り替えては小さなヘッドホンで聴く。どんなに音楽が複雑に折り重なっても、その動きの底が見える。音塊の濃淡が溶け合うブレンド−−−ピアノでいえば、叩いたときのカツンという直接音とコロンという丸み、それを包みこむ微かな間接音−−−えもいわれぬ幸福感に浸ってしまう。特にピアニシモが絶品。音楽が空間に消えていくことの意味を教えてくれる。 数十万円もする高価なCDプレーヤの音は壮麗であるが、音の濃淡のない美しい厚化粧のなかに音楽が埋没してしまう(ほんとうの豊かさとは、汲めども尽きることのない音楽の泉を感じる心にあると思うのだけど…)。 ソニーではポータブルCDプレーヤー発売15周年記念の高級モデルを出したが、ぼくがおすすめする製品は同じデバイスを使いながらも汎用性、生産性を高めたものだ。 音の良さは単三乾電池2本で40時間動く低消費電力設計にある。こうして信号は短い経路で鮮度が高いまま耳に届けられる。それに対し大型オーディオ装置は、長い信号経路と複雑な接点を通って数百ワットの消費電力で大きな振動板のスピーカーを駆動して音波に変える。その増幅の過程で少しずつ失われ、微妙な音のニュアンスは消え落ちる。 ジョギングしても音飛びしないメカニズムなので戸外に連れて行きたいが、机に置いて仕事の合間に聴いてみたい。ACでも使えるが充電池で使うといっそう音がよい。ヘッドホンではなくスピーカーで聴きたい人は、同じソニーのアンプ付きスピーカーSRS-Z1(写真、18000円)と組み合わせる。これまた、てのひらに乗る大きさながら、そこからこぼれる音は繊細で、机に置いて顔を近づければ濃密な音楽の小宇宙があふれ出す。信じられない音空間の広がり。それは、スピーカーの後ろからも音楽が聞こえてくることからもわかる。音波の回折現象が少ないからだろう。 数十万円のオーディオ装置でもこの音は再現し得ない。これだからオーディオはおもしろい。ソニーの設計者の人知れずこの製品にかけた情熱が伝わってくる。 これでジョージ・ウィスンストンのピアノ、聴いてみてください。声が出なくなりませんか? (追記) 実は、講演会等で、商売にとって大切なモノ選びとその情報発信ということで、このCDプレイヤーとスピーカーを実演することがある。会場のほとんどの人は声を失う。まるど眼前に加藤登紀子や夏川りみが歌っているような現実感はとうていほかのシステムでは体感できない異次元の世界。 それは数百万円の高級オーディオ装置からも消えてしまったリアルで美しい響きの音。おそらくは、技術者がパソコン用のセンスの良いスピーカーを開発するという口実で、ほんとうに音の良いスピーカーをつくろうとしたのかもしれない。小さいながらアルミによる高い剛性、これが通常のスピーカーのサイズなら重くて商品にならないところだろう。しかもこの大きさに凝縮されているのでボディ剛性は信じられないぐらい高い。そのことによって「振動するもの」と「振動してはならないもの」が明確になり、リニアな動きをする小口径のスピーカーユニットと相まってこの音をつくりだしたのだろう。そのままでは不足する低音を専用アンプで補うという発想も貢献している。 限りなく理想の点音源から紡がれる豊かな音場感に浸るのなら、できるだけ近くで聴きたい。パソコン用として使ってもいいが、ディスクマンや昔のウォークマンと組み合わせて卓上ステレオとして使ってみれば、コーヒーを飲みながらきっと癒されるひとときとなるに違いない。ぼくの仕事机の上に置いてあるのは言うまでもない。アルミの高級感あるデザインは持つ喜びを感じさせてくれる。生産中止とならないうちにもうひとつ欲しいぐらいだ。 ▲戻る |