いい本がありました〜「四万十川がたり」
 いい本がありました。
「四万十川がたり」/野村春松著、 聞き書き 蟹江節子
(この本、まっことええぜよ!)

 四万十川下流にひっそりと位置する口屋内集落は、桃源郷のようなところです。支流のなかでもっとも美しい黒尊川が流れ込み、潜水橋の上から子どもが飛び込む風景がいつでも見られます。徳島に住んでいるぼくたちの憧れの場所として、十和村の広瀬、西土佐村の江川崎、岩間沈下橋、口屋内沈下橋のどこかで待ち合わせたものでした。

 海まであと40キロメートルぐらいだというのに、両側から切り立った山が水際まで迫るなかを悠然と蛇行する四万十川。支流黒尊川を上がれば、そこにあることを感じさせない水が、日向と日陰のコントラストのなかに敷きつめられています。源流をめざして林道をさらに上がれば、笹に覆われた南四国の雰囲気あふれる三本杭(標高 1226メートル)という山が横たわっています。

 この辺りは下流なのに一車線の国道が川に沿ってくねくねと曲がり、数珠つなぎになった車は対抗できず、特にお盆の頃は往生する。それでも高知県は道を拡げなかった。そうすると、川にせり出して護岸をコンクリート化しなければならなくなるから。

 「四万十川はもはや死んでいる」との声も聞かれる。野村のおんちゃんは、深夜の2時頃に投網でアユを取る。それは、昼間に食べたコケやダムからの土砂を吐き出して往年の味に近づけるための工夫。家地川ダムの存在など四万十川も決して理想の清流ではない。高知市内から3時間半、徳島から7時間。それでも行きたくなるのはなぜ?

 今から20年ほど前、四万十川の魅力をまっさきに伝えた野田知佑さんと、口屋内で生計を立ててきた野村のおんちゃんとの出会いがありました。それ以降、野田さんは四万十川と野村のおんちゃんに足繁く通ったそうです。この本は、野村のおんちゃんの口を通して語られる四万十川の姿を聞き書きしたもので、四万十川とともに生きてきた時間をぎっしり閉じこめています。決して情緒におぼれず、人生を語らず、ただ時代を受け容れてきたおんちゃんは、「大事なものはニキ(すぐそば)にある」と言います。

 湿潤な山系に生まれた水が過疎地を流れて太平洋に注ぐ南四国の川。そこでは、人と川との濃密な関係がありました(随所に出てくる夜這いなどの艶話もおもしろい。ちょっと前の日本の田舎にはあったんですね)。川は決して自然保護の対象ではない、暮らしそのものだよと物言わぬ南四国の川が教えてくれているよう。川と風土とそこに生きた人とがひとつに溶け合った幸福感に浸れます。おんちゃんの箴言に触れてみてください。

 本を作ったことのある人ならわかるはず。この本には作り手の思い、温かいまなざしがさりげなく感じられる。それなのに本を手にとっていることさえ忘れてしまう(プロの仕事ですね)。ITやネット関連の書籍のなかには、これで商品?と思わせるお粗末なのがたくさんありますが、この本を世に出すために尽力してくださった方々の熱意も併せて紹介したいと思ったのでした。

 ぜひ読んでください。四国に住んでいる人の共感は深いでしょう。

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