徳島県内事業所の経営理念から見えること
1. 経営理念から見えること

経営理念、社是、社訓、事業方針、ミッションなど各社によって用語は違うが、この項では経営理念と表記を統一する。

経営理念の調査に際して事業所を訪問し、何人かの社員に自社の経営理念についてインタビューしてみたところ、「知らない」「知っているが意味がよくわからない」という答えが少なくなかった。


例えば、漢字熟語の経営理念は、若い人には親しみを持てない場合やかみ砕かなければ意味がわからない場合があるのかもしれない。具体化した方針を並べて補ったり、年次の経営目標を付加して表示したりする事業所が少なくないのはそのためと思われる。メッセージは受け取ってもらってはじめて発したことになる。文章の巧拙は問題ではないが平易な語りかけが好まれるのではないだろうか。

経営理念の浸透度について次の5段階に分けるとすると、b〜d に該当する事業所が多いのではないかと思われる。
  1. 経営理念がない
  2. 経営理念があるが、社員が知らない
  3. 経営理念を社員が知っているが、それが何を意味するかがわからない
  4. 経営理念の意味を社員がよく理解しているが、日常の行動とは無関係
  5. 経営理念が浸透し、風土して無意識のうちに日常の行動に影響を及ぼしている

(1)経営理念がない場合〜変革のときこそ、「してはいけないこと」を示す

経営理念を制定するに先だって、自社の事業領域を明確にしなければならない。なぜ事業を始めたか、原点は何であったのか、自社の独自性、強みはどこにあるのか、未来の利益はどこから生まれるのかについて、社内でブレーンストーミングなど積み重ね、数ヶ月をかけて事業の中核領域を見つけていくことになる(正解にたどりつくのに数年かかっても不思議ではない)。実際にそのことについて触れられている事業所もあった。

経営理念は、経営の拠り所となる精神、憲法のような存在、行動規範である。それが機能するためには、経営理念が誰の目にも納得できるもの、価値あるもの、日常の行動規範として組織の構成員一人ひとりにしみこんだ空気のような存在になることが求められる。それは、会社の風土となることであり、日本流にいえば「型」と言い換えてもいいかもしれない。

そうだとすれば、会社がよって立つところを示すことはもちろん、会社が存続していくために「するべきこと」「してはいけないこと」を明確に示すものだろう。

事業内容が成熟期にさしかかった産業や事業所は少なくないと思われる。そこで事業の多角化や新分野進出を模索しているところも少なくないと思われる。その際に、持てる経営資源(ヒト、モノ、カネ、ノウハウ)に照らし合わせて、勝てない土俵で勝負して失敗することがあるかもしれない。

自社が強くなれる領域はどこなのかを見極め、それを事業の中核領域として確立し経営資源を集中させることについては誰も異論はない。自社をとりまく外部環境(社会、法律、ライフスタイル等)が激変する時代にあって、柔軟性を持って対処すること、先見性を持って切り開いていくことが必要である。

さりとて持てる経営資源とは無関係に儲かることならなんでもやる経営がうまくいった試しはない。あるいは既存設備や既存販路を活かすことばかりにとらわれて、踏み出す方向性が未来の利益を生み出すかどうかの検討ができていない場合もある。

例えば、いとへん事業が好調だった時期に設備投資による大量の糸巻き機があるとする。その設備を活かそうとするばかりに傷口が広がる恐れがある(糸を巻くノウハウ、絹素材そのものに対する洞察から、例えば特殊な食品加工業へと転進することなどはあるかもしれないが…)。

刻一刻と変化していく経営環境に対して組織は変革していくことで存続できる。「変革する」とは、変えるところと変えてはならない部分を線引きすることである。前提条件が定まらなければ目標は決まらず組織は迷走する。

経営理念、方針には「踏み込んではならない領域」「してはならないこと」をうたうこと、あるいは定義する必要が出てくるのではないか。

もし理念にないことを社長や経営陣がやろうとしたら、従業員が「それは理念と違う」とストップをかけられるような存在でありたい。

企業倫理を見失い、社会の批判を浴びて廃業に追い込まれた大手企業の事例もあるが、経営理念がしっかりしており、それが社内に浸透していれば防げたかもしれない。

経営理念がない事業所、あるいは経営理念があっても経営者の思いつきの域を出ない場合は、SWOT分析や経営資源の洗い出し、コアスキルの抽出、競合などの外部環境の分析などを通じて作業を急がなければならない。経営理念を制定するために、ではなく、自社が存続していくために、である。

2. 事例検証〜経営理念を浸透させる試みとその意義

事業領域が明確になり経営理念に示すことができたとして、次は、その理念を社内外へ向けて知っていただかなくてはならない。

  1. 経営理念を社内に掲示、朝礼で唱和するなど社内に周知する
  2. 経営理念をお客様向け、取引先向けの小冊子、広告、Webサイトなどで示す(場合によっては、「お客様へのお約束」などのやわらかい表現として)
  3. 経営理念の意味を継続的に社員に考えてもらうことで、現場での判断に活かされるようにする
  4. 経営者や幹部が自らその精神を理解したうえで、日々の行動で先に立って規範を示し、社風にまで高めていく


 訪問先でcとdの事例が見られたので取り上げておく。

事例1 経営理念を実感し、現場での判断に活かす

屋根工事業のA社は、本業に加え、インターネットでの輸入建材の販売部門を設けて業績を伸ばしている。社内には自由闊達に議論する雰囲気が感じられる。

当社は経営革新支援法の認定を受け、さらなる発展のために営業会議の場に中小企業診断士を加えて事業戦略の構築を進めている。そこでは社名変更や経営理念の見直しなどの案が出ている。

従来の経営理念はスタッフにほとんど浸透していなかった。さらに文言をよく読むと「顧客の満足」と「会社の利益」がぶつかった場合、どちらを優先するかの判断に迷うことになる。そこでこの機会に経営理念が日常の行動規範となるべく表現を洗練させ、従来の経営理念に比べてわかりやすい文言に改められた。

経営理念が示されても、それがどのような意味を持ち、日常の仕事と関わっているのかを実感できなければ意味がない。それを考えるために、朝礼の際に身の回りのできごとや世間で起きたことがらを自社の経営理念に照らしてどう判断するかをスタッフが交替で述べるようにした。こうすることで経営理念を自分のなかで実感できるものにしようと試みている。朝礼に同席した際に、入社数年の20代の女性スタッフ(インターネット販売担当)から次のような発言があった。

「会社の近くのレストランに昼食を食べに行ったら、料理が運ばれたときに、注文を取ったウェイトレスと別のウェイトレスが来たのに"パスタの方は?"などと聞かずに、きちんと注文した人の前に料理を並べました。あれで会話が途切れることはないし、すごいなと思ってウェイトレスに聞いてみると、お客様の座る席には目に見えない番号があって、それによって管理しているとのことでした。感動は意外性だけど、その意外性はこんな目に見えない地道な作業の積み重ねにあるんだなと思いました」。

新しい理念にうたわれているように、日々の地道な作業の積み重ねのうえに顧客の喜びがあることを他の企業の事例を通じて日常のなかでスタッフが意識した瞬間である。
さまざまな検討要因があって経営理念はまだ決定稿ではないが、「いい経営理念ができれば、仕事がやりやすくなる」とつぶやいたスタッフの言葉が忘れられない。

経営理念の制定とその浸透に加えて、当社の2つの事業部について、それぞれ経営方針、マーケティング戦略、日々の行動に至るまでを有機的に結びつけるために、次頁のマトリックスを埋めていった。これによって理念〜戦略〜日々の行動をつなげることができ、理念の精神が社内に生きたしくみとして動くようにした。バランススコアカードと呼ばれる手法を応用したものであるが、当社においては、経営計画がわかりやすく示すことができるようになった。


事例2 経営理念を浸透させる試み

B社は、小容量から大容量までの直流・交流・高電圧電源装置等のあらゆる電源機器を製作するメーカーである。東京と大阪に同名の事業所があり、グループ企業としてそれぞれ独立して運営されており、ISO9001の認証を取得している。

当社の主力商品は、ノイズレスインバータである。省エネルギー機器のインバータは一般的にノイズ源である。ノイズ規格のもっとも厳しいCISPR11クラスB(欧州の家電規格)に適合したPAM方式のインバータは世界でも当社が唯一という独自の土俵を持つ。インバータのノイズが業務の支障となる恐れのある銀行、放送局、病院、官公庁等での採用が期待されている。

当社の理念は以下の通りである。
 
以上のように、製造業としての基本をうたっており、文言そのものは取り立てて珍しいものではない。しかしその理念を浸透させることについての努力は相当なものである。

[当社での取り組み例]
  • 社長は毎朝7時に出社し、社内や付近の道路を清掃したあと、8時から道行く人たちにあいさつをする「おはよう」運動を1991年から続けている。当初は「選挙に出るのか」と勘違いされたこともあったが、出張中でなければ毎日続けている。20代半ばになった当時の中学生たちが今もあいさつしてくれる。
  • 就業開始は8時30分頃であるが、新入社員は1年間7時半に出社することが義務づけられる。社長、工場長、主任などが交代で「ワンポイントレッスン」(訓話)を行い、それを聞いた新入社員は感想をその日のノートに記す。つまり新入社員にとっては人の話を能動的に聞く訓練になるとともに、訓話する上司にとっては、話がわかりやすいか良かったかについて評価される場(プレゼンテーションの訓練)となる。
  • ワンポイントレッスンでは、それぞれの担当者が「品質管理」「改善提案」「交通安全」「安全衛生」のテーマについて話し、最後に社長が感想を付け加えることもある。
  • その後に、「健康体操」「寝たきり防止体操」「社内体操」を行い、体力を養い元気を持って一日を始めている。これらも社員の発案で付け加えられたものである。

 このように試行錯誤を通じて年々朝礼がバージョンアップしており、朝礼にかける取り組みに熱意が感じられる。日常的には、次のような行動がある。

  • 新入社員は、入社して一年間は毎朝素手で便器を清掃する。
  • 社長は1999年から社長室を工場フロアに置き、現場主義を実践している。機械が並ぶ工場フロアにはホワイトボードが仕切のように置いてあるだけで、決して快適なデスクワーク環境とはいえない。そのような現場にあえて社長がいることで、社内に品質管理の大切さを無言に訴えている。社長は「書面だけのISOに命を吹き込んでいる」という。
  • 営業は主に東京方面が多いが、社長自らが出掛け、営業先でのできごとや結果を毎日ファクスで主力銀行の支店長に報告している。もちろん月次の数字についての報告は欠かさない。
  • 毎週金曜日には工場の床をワックスで磨き上げる。いつ行っても床が光り輝いているのはそのためである。
 社長は決してワンマンではない。むしろ温厚で謙虚なお人柄であるが、一度決めたことを貫く信念の人である。社長には何度かインタビューさせていただいたが、なぜこうまでして行うのかについて、次のように答えていただいた。
 「ここ数年で地域を代表する会社にしたい」「社是の実践を通じて日本人の精神を取り戻したい」。

会社にも自らにも規律を求めておられる。当社が存続していくためには、それを実現する風土(型)が必要と考え、実践されているように思われる。しかしこの場合の「型」とは、逸脱できない縛りではなく、むしろ挑戦や改革をしていくうえでの基準、拠り所である。当社にとって社是〜方針は、絵に描いた餅ではなく、行動の約束となっている。

このような試みによって企業風土がつくられていく。それが利益の源泉であるとともに、人の成長を促すことを身を持って実践している。業績好調の当社であるが、ここまで来るのに数十年かかっている。

3. チェックポイント〜まとめに変えて

今回の調査を受けて、経営理念の制定、その活用におけるチェックポイントを作成した。

(1)事業領域を定義する段階
  • 強み、独自性(未来の利益の源泉)は何か?(探索するのに数ヶ月ないしは数年かかることも) 
  • それを独自の土俵(コアコンピタンス)として定義、確立しているか?
  • 自社の「してはならないこと」を定義しているか?
(2)文言化の段階
  • 経営理念はわかりやすく表現されているか? 矛盾はないか?
  • 遵法していることはもちろん、社会的に受け容れられるか?
  • 第三者から見ても実現して欲しいと思えるような内容か、夢があるか?
(3)知らせる、浸透させる段階
  • 社内外に向けて、文書や会社案内、Webサイトなどで明示しているか?
  • パートに至るまで全社員が知っているか?
  • 精神的な風土として浸透しているか? あるいは、どのように浸透させているか?
(4)理念〜戦略〜日々の行動に落とし込む
  • 理念を実現するための道筋(戦略)が明らかになっているか?
  • 戦略が適切としたら、その実行を評価(チェック)するしくみはあるか?
  • 持続的な顧客満足向上に向けて経営品質を高めているか?


県内事業所の経営理念、社是社訓を集めた徳島県の企業の経営理念集をまもなく発刊予定です。ご希望の方は、メールでご連絡ください。部数は限定されています。