「時間が経営資源を未来に連れていく」
凍てつく夜に帰宅したときに食べたくなるのがふろふき大根である。料亭などでさりげなく出されるけれど、実は手間の掛かる料理。まずは、いい素材を探そうとスーパーや産直市を回るが、「いいもの」に出会うことは少ない。流通に載せるための規格やかたちの良さが第一義となっているからである。農薬使用の有無によって味が変わるかといえば、そうでもなさそうである。有機肥料が良いかというと、栄養過多(特定の栄養に偏る)で大根が肥大化してメタボになっていることもある。自然農法では鍛えすぎて食べられることを拒絶する強さになることもある。良い素材は仕様で語れるものではない。
けれども、農薬や化学肥料を無神経に散布した農作物を本能的に食べたいと思えるだろうか。また、おいしさを生み出す秘訣とは、愛情を込めて大切に育ててやることではないかと考える。「おいしく安全な食べ物を食べてほしい」という作り手の思いがあれば、田畑の土や生き物にまで洞察が及ぶことだろう。収穫される農作物は愛情をかけてくれた人間に結果を返してくるのだろう。作り手の人柄(思い)が出発点となり、土作りや農薬や肥料の選定、水のやりかた、育て方に有形無形の影響を与える。植物に愛情を持って接すると生育が違ってくる、というのは草花愛好家たちの常識になっている。
多忙なひとときにふろふき大根をつくってみる。米のとぎ汁で炊いて灰汁を出すとともにやわらかくしておくと、味がしみこみやすくなるといわれている。小さな火力で根気よく炊くと良いという意見もある。時間の制約のなかでは一定の妥協をしなければならない。そこで調理方針として、いい大根を選び、その持ち味をなるべく手間をかけずに活かすことにする。
いい大根からはそうそう灰汁は出ないし、灰汁がすべて悪とは言い切れない。灰汁は調理温度と関係があるが、弱火でじっくり調理すると出にくいと判断した。ただし、うちはガス調理器具である。ガスを使って弱火で長時間(しかもつきっきり)というのは困難である(IHのほうが合理性があるだろう)。
そこでアウトドア用の保温調理鍋(サーモス)が活躍する。これはステンレスの二重保温のしくみで、一定の加温をしたあと本体に収納すると、ガスの弱火でコトコトの状態が持続する。おいしさを引き出す微妙な温度幅を長く維持することが可能となり、素材がやわらかく味が浸透しやすくなる利点もある。
大根は3センチ強の幅で切り、やわらかい部分を使うため外側を厚めに落とす(落とした皮は別の調理に使う)。灰汁抜きを省略して、昆布の寝床の上に置く。小さな火力で少しずつ温め、湯気が立ちこめると、塩と薄口醤油をほんの気持ち程度入れる。そして、ゴトクからはずして保温調理を行う。下ごしらえをいれても20分程度。あとは6時間待つだけ。ゆっくりゆっくりと冷めていくが、6時間経過してもほど良い熱さである。
仕掛けたら、特性みそ(これについては別途の機会に)をベースに、酒(料理酒ではなく新潟の純米吟醸酒を使う)、甜菜糖を加えてたれをつくる。ゆずは切らしていたので柚子ポン酢を少々垂らす。このたれをかけて食べる。時間はかかったが、手間をかけずに、おいしいふろふき大根ができた。いい材料を使ってもわずかなので材料費も安い。
中小企業は黒字続きとなることは少なく、赤字と黒字が潮の満ち引きのように波打つ。その周期は精力的に活動している企業で3〜5年といったところ。収益が波打つ原因を次のように考えている。
利益の原泉は、顧客から見た価値である。ほかに同業他社があるなかで、当社の製品やサービスを購入してくれるということは、買い手から見て他社以上に価格に対する値打ちがあるからである(その価値とは何か、顧客はいったい当社の何にお金を払ってくれるのかということを事業所は把握しておく必要がある)。
企業からみれば、価値をつくりだすのはコアスキル(強み)である。「○○を〜するための技術やしくみ、能力」である。大局的にいえば、それらを生み出す寝床(企業風土)がある。企業風土の役割は大きい。上勝町のいろどり事業では、いかに町外から視察に訪れてしくみを勉強したとしてもマネができないように、氷山の下の見えない世界こそ強みの源泉である。いろどりの場合は、献身的な活動を行うリーダーへの尊敬、そこから来る農家との精神的なつながりなど)。とにかくいくつかのコアスキルを組み合わせ、足りないものは外部から調達したり連携補完しながら、カネのなる畑(中核事業領域)をつくるのが企業経営である。
さて、カネのなる畑は種を蒔いてから収穫するまで3年から5年かかるとしよう。しかし、開発から製品化、マーケティングやPDCA管理をしっかり行ったとしても競合優位性を保てる期間は限られている。競合他社がマネしたり、外部環境が変化して自社の畑が市場に対して「畑違い」になってしまうからである。
経営とは変化を洞察し、自ら変化をつくりだし続ける活動である。「変化」という言葉には、変えるところと変えないところという意味がある。「すること」と「しないこと」を明確に分ける基準が必要である。風土をつくりだす原動力が理念であり、変化に対応する基準が方針。そして畑を作る道具が経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)ではないだろうか。
それでは、優れた人材を集めて、多額の資金を準備し、いい設備を使って、情報を分析したり専門家の助言を受けるなどすれば、いい畑はできるのだろうか? 決してそうではないと思う。
かつてNHKで好評を博した「プロジェクトX」では、ライバルに比べて劣る経営資源だからこそ、次の飛躍のきっかけとなったというシナリオが多かった。
生物の歴史(進化)もそうである。このままでは生存競争に勝てない、絶滅してしまう(実際に絶滅した種のほうがはるかに多いが)というときに、次の一手(進化)を触発する。
ヒトは恵まれすぎていて、次の進化の手がかりを失ってしまったかのように見えるのだけれど、少なくとも「生きる」根源を「いのちをいただく食」という行為を通して見つめたいと考えるので、食材やつくりかた、それをつくる人の思いなどを感じながら日々実践している。
経営資源に深く関わる要素がもうひとつある。それは「時間」。先のふろふき大根は、限られた時間(成約)のなかで手間をかけないという妥協点(最適解)を見出したものだが、時間をかけてヒトは「成長」、モノは「使いこなす」、カネは「調達してそれを活かす」、情報は「ノウハウ」となるよう分析と修得を行う。そのような経営資源と時間の相互作用を良い方向へ導くのが「思い」(理念)である。 時間はみな等しく与えられているように見えるが、アインシュタインは相対的であると主張した。時間を有効に使う(熱意と創意工夫)ことで、時間軸を有効に捉えたい。
時間とは、経営資源の制約条件であるとともに成長の契機であり、経営資源を量的な強さから質的な強さへ変える(=コアスキルの獲得)要素でもあると考えるのだ。
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