すごく楽しい42キロでした…(2000年9月)


 女子マラソン、過酷なシドニーの42キロの勝者と敗者を分けたのは何だったのだろう。その象徴が「すごく楽しい42キロでした」にあると思いませんか?

 高橋尚子のすばらしさは彼女の笑顔ですね。あんないい表情の人なかなかいないです。あの笑顔ほんもの。だから勝てたのです。これは精神論じゃないです。世の中そうなんです。

 ぼくが診断士の試験を合格したときもそうでした。試験を受ける前から友人に「受かったよ」と言いふらしていました。1次、2次、3次を通して合格率3%の試験にすべてストレート。普通科の高校卒業で受験機関に行かなくてもできる。学歴も関係ないです。大学の先生でも論理の展開や咀嚼力、説得力や表現力がない人、いっぱいいますよ。

 英語を勉強したときもそうでした。毎日1時間以上は勉強しました。そして「話す」「聞く」「書く」
「読む」の4つの要素をバランスよく取り入れました。お陰で日常会話に困りません。日本語でのコミュニケーション力が普遍の能力として外国語でも生きているのです。酒に酔うと会話がすべて英語になるときもあります。だって楽しいから。ストレスを感じたとき(ストレスを感じるのは健全な証拠)は英語を話すことで発散させています。オーケストラの指揮や天文学、大好きな南四国の川や海、山の話もしたいけど、また今度ね。

 写真もそう。小さな場所で写真展をしたときに見に来られた人の感想が励みになりました。「地球のーと」や「ヤマケイジョイ」などの全国誌からも写真原稿の依頼が舞い込みました。写真を撮るとき、被写体と向かい合ううちに知らず知らず時間が経っていて…そして自分の押したシャッター音ではっと我に返る---そんなときの写真が素敵です。ちなみにぼくのパソコンの壁紙は「楽園の扉」という作品。欲しい人、添付ファイルで送りますよ。エコジャ到着後3日以内までにメールで申し込んでね。メールマガジンも一緒にお届けします。

 数年前に新潮社のファンタジーノベル大賞に応募した原稿用紙換算500枚の小説があります。その小説の題を自分の事務所の名前にしました。とにかく書きたい。文章を書いているときの楽しさといったら…この世が音を立てて崩れるほどの感動を味わいながら一気呵成にキーボードを走らせる。数頁先まで文章がわき上がるのを記録するのが精一杯。大賞の賞金1千万円で買いたいもののリストを作って朗報を待っていました。作者自身がこんなに感動するんだから、世界一すばらしいに決まっている、と思ってたら結果は選外。ははは、選者は見る目がないんだ、と思いつつ時間の合間に次作を書いています。

 今やっている中小企業診断士(経営コンサルタント)の仕事も天職。現場に行くのがわくわくして楽しくてしようがないのです。講演なんて大好き。

 ナルシスト?って言われるけど、自分さえ愛せないような卑屈な人が他人を幸せにできますか?自分のことすばらしいと思えるから、異なる考え方の他人を受け容れられるし、違うことのすばらしさに気付く。ときどきは苦しくてのたうちまわることもあるけどね。

 高橋尚子には、誰にも負けない練習量に裏打ちされた自信がありました(ここが傲慢と自信の違い)。ひたむきに取り組んだ過程があるから結果への全幅の信頼を寄せられる。そしてどんな結果が出ても受け容れられるんです(般若心境の境地ですね)。何よりも走ることが楽しくて楽しくて仕方ない天性の輝きで彼女はシドニーを迎えたのですね。

 経営もそう。商売やってたとき、商品が愛しくて抱いて寝たことがありました。

 最善を尽くすから楽しい。やって失敗したことは笑い話にできても、やらずに後悔したことは笑えない。二度と戻らない若さという時間が抱きしめたくなるほどなつかしく思えるでしょ。でも人生は始まりと思ったときに始まるんです。