「魂を込める、五感で豊かになれる」



高知県四万十市(旧中村市)の国道四三九号線沿いの
京町商店街の一角にある喫茶店に
昼食とコーヒーを飲みに立ち寄ることが多い。
 
コーヒーは、ダッチコーヒーと称する水出しによる極上のまろやかさ。
その由来をお店の人に聞いてみた。

 水出しコーヒーとは、
 水をぽとりぽとり
 一滴ずつ落として
 20時間をかけて抽出します。

 そのことにより、
 雑味が少ないコーヒーが味わえます。

 このコーヒーはどのようにして生まれたのだろう?

母が編み物教室などをしていたことがあって、
冬は忙しいのですが夏は時間に余裕があります。
そこで一年中、時計が回るように商売をしようと、
「ウォッチ」と名付けました。

店は、父が昭和48年に開業しました。
店を始める頃、
父は「これは男の仕事じゃない」などと
乗り気でなかったのですが、
東京に行ったときに男性が
蝶ネクタイの恰好で喫茶店にいたのを見て、
本格的に取り組んでみようと考えたようでした。

東京では、銀座の喫茶店でダッチコーヒーが
印象に残ったようです。
そこで父は水出しの装置を自作しました。
中村ではダッチコーヒーの知名度がなく、
やめようかと思ったこともあったのですが、
たったひとり、その味が気に入って
店に通っていただいたお客様があって、
そのまま続けることにしました。
いまでは、その水出しの装置を使って、
アイスコーヒーやコーヒーゼリーも
メニューに加えています。


なるほど。お話を伺っているとコーヒーが飲みたくなってきた。
でも、その前に昼食を…。


注文したのは地元の知人のおすすめの「焼きカレー」。
カレーをグラタン風にした料理で、コクのある風味が心を和ませる。
ひとの気持ちがほぐれるためには、あたたかいことが必要。
火を通した料理はそれだけで豊かな気分になれる。
こんがりと香ばしい焼きカレーのあとにコーヒーをいただく。

お店の自慢のオーディオ装置からはジャズが流れる。
マニア垂涎のJBLの名機パラゴン
(家具職人が手作りしている伝説の大型スピーカー)、
イタリアのソナスファベール
(精緻な木工技術とイタリアンデザインから紡がれる楽器のような豊潤な音)、
そしてそれらを鳴らすのは、
漆黒のガラスパネルに青いイルミネーションのメーターが照らし出す
マッキントッシュのアンプ。
まさに音楽ファンには目も眩むようなシステムが置かれている。

こだわりのお店に心血を注いだマスターも数年前に他界され、
毎日娘さんが
オーディオルームのお父さんの遺影にコーヒーを捧げている。

仕事柄出張が多くビジネスホテルに宿泊する。
宿泊価格は数年前と比べて安くなっているのに内容は濃くなっている。
枕はテンピュールなどの寝心地の良い枕を装備、
パソコンを持参すれば有線LANに接続できることは当たり前。
消臭スプレーも置いてある。

かつては、宿泊すると喫煙者が泊まったあとでは部屋や寝具に臭いが残り、チェックアウトすると臭いも付いてきた(喫煙者も実は他人の煙やタバコ臭さは嫌なのだと知って驚いた)。

ところがいまでは禁煙・喫煙の部屋が選択できるようになった。
かつて「空気清浄機があったら」と思っていたら、
それも常識となってきた。
ホテルの場合、換気ができないとどうしようもない。

特に冬は、
風邪やインフルエンザに感染している人が宿泊する可能性がある。
宿泊という行為はときに健康を害することさえある。
今夜はここで過ごさなくてはならないなどと思うと、
宿泊がストレスになることもあるかもしれない。

ホテルの部屋を掃除したあと空気中に粉塵が舞う。
それらが数時間後に落ちてくると、
掃除したのに埃っぽいという苦情が来ることになる。
それがないようにインスペクション
(数時間後に清掃のチェックを行う)を行うのだが、
コストと人員の関係ですべての部屋で行っているとは限らない。

空気清浄機を備えることは、気分良く部屋を使えることになって
ホテル選択の差別化の要素となりえる。

さらに加湿器も貸し出し対応のホテルが多くなっている。
ホテルの寝具はエアコンを使うことを前提にしているので、
エアコンを切ると寒いし、付けると乾いた温風に咽がやられる。
そんなときに加湿器はありがたい。
咽を守ってくれるので風邪の予防になるし、
前泊者が風邪を引いていたとしても
風邪のウィルスを床に落とすこともできる。

モノ余りの時代、特に欲しいものはないけれど、
忙しい毎日のなかで限られた時間だからこそ、
快適な空間でひとときを過ごすために
ひとはお金を使いたいと思うのではないのだろうか。

もちろん空気清浄機のような快適グッズを置けば
それで良しということではない。
それらは心地良さを味わって欲しい気持ちがカタチになったもの。
ほんとうの差別化は、モノがあるなしではなく、
魂(ソフト)とかたち(ハード)が
渾然一体となって提供されていることだろう。

魂とは…
 
喫茶店に行く。
きれいに磨かれたコップに水が運ばれてくる。
おいしい水を飲んでいただくために
適度なミネラルを残す浄水器を通した水かもしれない。
あるいは、朝汲んできたばかりの地元の名水かもしれない。
手間はかかるけれど「感性」がなければ、
そこまでやろうとは思わないだろう。

とにかくお客に水を出すとしよう。
問題はここから。

無愛想に水をぽんと置いたときと、
(おいしい水を飲んでいたたけるようにと)
心を込めて大切そうに置いたときでは、
水の味は同じだろうか?

水の味は違うのか、変わらないのか―。

実験してみると、
水の味に違いがあると感じられる。
でも、それは単なる先入観や思い込みによるものかもしれない。

だったら、もっとわかりやすい実験がある。
水道水を同じコップに同じ量だけ入れておき、
片一方はそのまま、
もう片方は、
手をかざして「おいしい水になって」と数十秒気持ちを込める。
(コップには触れない)
これだとほとんどの人が味の違いがわかるはず。

同じ水なのに、
出す人の態度や気持ちによって変わるという事実に納得できたとき、
おおげさにいえば人生は変わるのではないだろうか?

真剣に取り組んでいる人なら「知っているよ。そんなの当たり前」
といわれるだろうとも思う。

モノを長持ちさせる人がいるとか、
掃除をすると客が来る、商談がうまく行くなどのことは
多くの人が経験しているだろう。

ここでの「魂」は
「理念に基づく感性に導かれた思いやり」とでも定義しておこう。

魂のある動作の積み重ねが心地よい空間、
心地よい店や会社をつくっている。
だったら、魂のある人が増えれば、
地域はどんなにか住みやすくなるだろう。

 

Copyright(c) 2008 office soratoumi,All Right Reserved