損益分岐点からわかる「たったひとりのお客様」

 損益分岐点というのは、収支トントンになる売上高のことで、固定費/限界利益で求められる。固定費は売上の変動と無関係な費用であり、その代表的なものが人件費や減価償却費である。変動費は売上に比例して増減する費用で、材料費や外注費などが該当する。

 実際には、固定費のなかに変動費的要素があり、変動費のなかに固定費的要素があるが、実務的には、各勘定科目の3期ぐらいの動きと売上高を比較し、さらに業務の流れを加味してどちらかに分類する。

 変動費、固定費に分類することなくエクセルで統計的に求める手法もある。まずは毎月の売上高と経費をグラフ上に打点する。売上高と経費を対比させるという考え方なので、売掛と買掛のタイミングからどちらかをずらすこともあるが、通常はそのままで良い。なお、減価償却費などの決算項目は毎月に等分して割り振り、借入金の金利も加える。売上高が増えれば経費も増えるという相関関係があることから、12個の点の分布をもっとも適切に現す直線を引く。

 具体的には、エクセル上でどの点でもいいから点の上で右クリックして」で「近似曲線の追加」を選び、「種類タブ」では「線形近似」を選ぶ(場合によってはほかの方程式が適切な場合もある)。「オプションタブ」には、「グラフに数式を表示」と「R二乗値」にチェックを入れる。ここでの数式とは、売上と経費の関係を示した方程式である。R二乗値とは、相関関係の強さを現すもので0.8程度を越えていれば、一定の相関関係があるとみなす。


 図でY軸との交点が固定費、近似線の傾きが収益性を現す。なお、グラフを描くことなく数値を当てはめれば求められるエクセルのプログラムも公開しているので、関心がある方は自由にダウンロードして使ってください。

 勘定科目法でも統計手法でも誤差はつきまとうので数値を絶対視しないことが前提である。できれば両方の方法で求めてみるのが望ましい。とにかくこうして求めた数値が、実際の売上高100万円、損益分岐点98万円だったとする。安全率は98%となる。これは、黒字ではあるものの、売上が2%下がれば収支トントンになることを意味する。

 安全率98%をわかりやすく砕いてみる。小売業やサービス業で1日100人の来訪者があるとすれば、そのうち98人の客の売上高は経費を払うためのキャッシュとなる。すると残り2人の客の売上が利益となる。「ああ、たった一人のお客様」を実感する瞬間である。注目されるのは、サウスウェスト航空の事例である。顧客第2主義(顧客はもちろん大切だが、従業員満足をもっとも重視するという意味)、勝てる土俵に特化したことで可能となった低価格戦略、スタッフ一人ひとりのユーモアを活かした接客、抜群のチームワーク、地域貢献への姿勢など小売業、サービス業には参考となる事例だ。
 製造業や建設業では、工程が長引いたり、不良が発生したりすると利益は飛ぶかもしれない。利益は現場にあるということが改めて実感できる(そうなれば管理の手法も見直すべきかもしれない)。

 損益分岐点は、単に採算ラインを表すのみならず、収益構造の変化を知ることが大きい。事業の展開や戦略によって新分野進出や設備投資、新規雇用が発生する。つまり経営資源が動く。そのことによって固定費と限界利益率(≒粗利益率)の関係が変わる。利益を出すために経費削減を行うにしても固定費低減と変動費低減に分けて考えると明解だ。

 現在はどのような収益構造なのか、それは過去のどんな意思決定によって生じたのか、未来はどんな姿になりたいのか。損益分岐点は見えないプロセスを結果で示してくれる。


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