「創業ストーリー〜職人の場合」

 職人の佐藤さんは、新しい会社を自分の手でつくりたいと思いました。それでは何を事業としようかと考えます。幸い木の床を張る技術を持っていたので、フローリング施行の会社をつくろうと思いました。

 佐藤さんは30代半ばですが、勤務先では腕は立つ職人として定評があります。しかし人に使われていると、どれだけ仕事をしても決まった月給というのが少々我慢できなくなってきました。

 とはいえサラリーマンを辞めれば生活は不安定になるかもしれないし、自営業ともなれば、歳を取って現場の親方を務めるのはつらいもの。人を使わなければいつまで立ってもひとり親方。当然ながらこなせる仕事には限界があり、収入は増えていきません。だから独立後3年以内には会社にしたいと思いました。

 それには、相手先や競争先がとんな商品やサービスを提供しているか、それに対して自社はどんな商品やサービスを提供できるかを考えるでしょう。

 さらに現場(お客様)はどんな不満を持ち、それが解決されないまま諦めていることがあるかもしれません。不満とは潜在ニーズです。何か満たされない気持ちを代弁してあげようと思えば、カタチにして提案しなければならないでしょう。ニーズは対応するものではなく、発掘し提案して作り出すものだと考えたいですね。

 この業界では「提案する」という言葉が皆無でした。なぜなら「仕様に忠実」だけが仕事と言われたのです。もちろんそのなかで創意工夫やノウハウによって仕上げに差(品質)が付くことはあります。しかし根本的なところで施主との双方向の意思疎通はこの業界では行われていないのです。

 そこで以前の勤務先で施行したお客様の声を聴いてみました。「火事のときに有害ガスが出たという新聞記事をみたが、うちは大丈夫か?」。会社員ですから上から言われた通りにしなければなりません。もし新建材を使ったのであれば「残念ながら有害ガスが出る可能性があります」と答えなければなりません。佐藤さんは、なぜ地場の天然床木や集成材を使わないのか疑問でした。

 住宅雑誌に載っていた、欠陥住宅かどうか見極めるためにビー玉を転がすという記事を見たお客様が「お宅の施行は転がるんだよね」と言われました。それに対して「これはムク材なので完全平面はありえません。もしそれができても湿度で呼吸して収縮します。いわば自然の摂理です。平面性が大切であれば、天然木は避けたほうがいいでしょうが、足に感じる木の質感や天然木から出る木の薫りなどそこにいる人を癒しているんです」とお答えすることもできるでしょう。

 経営者となれば、お客様に直接提案していく、やりとりをしていくなかで信頼を勝ち得ていく方法を学ぶことになります。それならば、自社の得意な領域は何かを究めること。

 もちろん飯を食う日銭が必要なので「なんでも仕事を受ける」姿勢を続けながら、数年かけて「得意な領域」「ほかでは置き換えることのできない特質」を生み出していってもよいのです。少なくとも日々の仕事受注のなかで絶えず自問自答しながら、漠然としたコアスキルをカタチにしていく意識が大切です。

 研究開発ばかりを行えるベンチャーはありません。きょうの飯(現実)と明日の飯(夢)とのバランスを考えながら研究開発への意識が発展の原動力となるのです。

 会社が動き出せば、仕入先、用品の購入先、従業員、行政(税金)などにお金を払っていかなければなりません。地域との良好な関係を築く必要があるし、会社は継続していかないと多くの人々に迷惑をかけます。ここに資金繰りが発生します。

 また会社をつくれば人を使います。人を使う、人を活かすことを試行錯誤のなかで学んでいくのです。


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