「四国の右下チラリズム」
NHKの朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」で舞台となった日和佐は、ほど良い集積の中心部(まち)と自然、山、海、川が溶け込んでいる。その絶妙の温度感が肌に合うという人は少なくないようで、日和佐から宍喰にかけては芸術家やアウトドア愛好家が移り住んでいる。賑わっている道の駅日和佐(テレビでは「道の駅美波」)を訪れてみると、県南部の特産品が並べられている。ていねいに土作りを行って栽培した野菜を出品されている農家や以前にも紹介したIターンの方が始めた「あらめ弁当」も置かれている。全国でも珍しい寒茶は宍喰の特産ですでに今年の新茶が入荷中。寒茶はカフェインやタンニンが少ないため、緑茶が苦手な人や空腹時に避けたい人も安心して飲める。そのまま急須に入れるのではなく弱火で3分程度煮出すとさらにおいしく飲める。
さて、道の駅に縦長の冊子型パンフレットが置いてある。タイトルを覗き込むと「だれも知らない四国の右下」。四国の右下とは四国の東南部のことを指すらしい。関東から見れば、徳島がどこにあるかわかりにくく「阿波」「南阿波」といってもぴんと来ない。感覚的に掴める言葉として「四国の右下」としたのだろう。
で、この観光パンフレット、ずばりマニアックである。妙に気になる景色やランドマークをずらりと収集している。
自然景観では「伊島の大湿原」「日和佐川のくじら岩」などが掲載されているが、どこが気になるのか。例えば、有名な観光スポットへ行ったとする。「ふ〜ん、こんなものか」はひと目見ておけばもういいかと思える場合がほとんどだろう。
でも、その人が自然に対して感性を持っているとしたら、その場にいるだけで魂が奪われそうな感覚を持つことがあるかもしれない。そこに居合わせた瞬間、身体が凍り付き、時間は止まり、細胞がばらばらになる感覚。そしてアメーバが再構築されて我にかえるといった体験とでもいおうか。そんなふうにカンドーしている自分を人に見られたくないので、カンドーの場所は観光パンフレットに載せて欲しくない。まさに、そんな風景が点在、山積みになっているのが南阿波である。
ということで二十年以上をかけてこの地域を数百回は訪問している。よく使うのはクルマだが、この地域に似合うクルマはオレンジかブルーと思っている。だから青いクルマに乗っている。戦前の飛行機づくりに端を発するメーカーの国産の千五百ccで十年間で二十万km近くを走ったが、先日、また車検を受けた。
役人は作文が上手で「エコカー減税」を思いついた。いまどきの施策は複数の課題を解決する大義名分が必要とされ、とりわけ社会課題への対応が求められる。エコといいながら本質は消費喚起策だ。ぼくはダマされたくないので、エコカー減税でクルマを買い替えたくない。そもそも長年同じクルマに乗っている人や燃費向上の運転に努めるヒト(近距離では乗らない、なるべく公共交通機関を使うなども含めて)について減税するのが筋ではないかとのささやかな抵抗である(言動一致のために、仕事でもなるべくJRやバスを使うように心がけている)。
「四国の右下」に話を戻そう。このパンフでは人工建造物にも焦点を当てている。海部駅の近くにある「トンネルだけのトンネル」はトンネルだけがあって、そこにあるはずの「山」がない。全国的にも話題となっているようで鉄道マニアには見逃せない。「大美谷ダム」がつくったダム湖は深い透明度をたたえ、ダム湖の上手には鹿が現れる小さな湿原があり、北海道の湖のようだ。このパンフではそこまで紹介していないが、ここから山奥にさらに進むと「農村レストラン」が出現する。そのプレオープンの日に行ったことがあるが、料理は素朴ながらまた食べたいと思わせるいい料理であった。
日本最古のコンクリート製トンネルが牟岐町にあるという。かつての国道に新しい道がついて三日月湖のようになっているが、「松坂隧道」は大正年間の建造らしい。Googleで「松坂隧道」を検索すると三千七百件ヒットする。全国のトンネルマニアのみなさまお待たせしました、ついにパンフレットに載りました、である。
橋も載っているが、このパンフに載っていないのをいくつかご紹介しよう。赤松川にある小さな潜水橋は、手を飛ばせば届く水面との距離とおだやかな川の表情に癒される。欄干で昼寝をしたくなるようなこんな親密感のある潜水橋はほかにない。似たような潜水橋は日和佐川にもあるので探してみては?
個人宅や店舗、さらにはへんてこりんな看板やオブジェも取り上げている。「世間遺産 初音湯」、「幕末から続く和菓子屋 十一屋」、ウェルかめにも登場した日和佐の細い路地「あわえ」。「ドロボー漬け」「はんごろし」といった地域の食べ物も紹介されている。
これを作成したのは徳島県南部総合県民局(美波)。このパンフレットは、県職員が自ら足を運んでつくったのではないかと思える節があるのだが、ディティールをさっと見せて、場所を地図で示すことなく自分で探しなさいというチラリズムとお節介のなさがいい。
かつて遠野を紹介した書籍の片隅に小さな社がたんぼのなかにぽつんと佇んで屋根の一部が傾いて見える写真が載っていた。それを「首を傾けた神様」と勝手に名付けて遠野まで探しに出かけた。簡単に見つかるだろうと思って、現地で観光パンフレットを集めたが見当たらない。観光案内所に聞いてもわからないという。たまたまユースホステルで泊まり合わせた同世代の若者たちと「探しに行こう」と翌日宿を出たものの、帰りの新幹線の時間を考えると半日の猶予しかない。地元の人たちに聞き込みを行っているうち、時間ぎりぎりに探し当てた。とにかく楽しいひとときだった。
「四国の右下」というパンフレットは道の駅日和佐で手に入るので、寒茶などの特産品を求めるついでに日和佐まで足を伸ばしてみては?(いまだに美波という名称に慣れなくて…)。パンフレットに載っている妙な景色たちとシンクロできればもっと県南がおもしろくなる。
次回は、このパンフレットでも詳細に触れられていない「南阿波サンライン」の扉を少しだけ開けてみようと思う。
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