現場に任せる社長〜いかに正しいかにこだわらないで


 トップが現場に口うるさく指示を出している会社がある。現場を巡回して事細かく注意している。確かに言うべきことは言わなければならない。そのなかに適切な助言もある。けれど、そんなことまで言う必要はないだろうと思える細かいことまで少なくない。

 ある意味では「自分ならこうする」というのが明確なのはいいことだと思う。けれど、現場はトップにいつも修正されるので指示待ちとなる。給料をもらうかぎり、自主性を発揮させるよりも惰性で仕事をしているほうが楽である(ただし楽なことが楽しいこととは限らない)。

 しかしそんなトップがある日「自主性を発揮せよ。考えて行動せよ」といえばどうなるだろう? 従業員は戸惑う。疑心暗鬼と不安を織り交ぜながらも、おずおずと自主性を発揮してみる。ところがその途端、トップから小言をくらう。やっぱり自主性は発揮するのはまずいんだと悟る。

 トップはトップで、「これではいかん」と我慢する。それはそれで言いたいことが言えなくてストレスがたまる。その気持ちはよくわかる。

 聡明な従業員なら、トップが求めていることを察知し(トップの考えがいつも正しいとは限らないけれど、社内での法は経営者の考え方なので)、例えトップの要望通りにやることが不自然であったとしても、それが会社に致命的なダメージをもたらさないなら経営者の言葉に従う。しかしそれが経営に影響を与えるときには、トップに諫言するだろう。そんな従業員はどんな会社にも一人や二人はいる。

 企業がある程度大きくなるまでは、社長は現場に関与する。そうするうちにかたちが自ずとできてくる。それは、社長ならこうやるだろうの社長イズムの浸透により、その期待通りに従業員が動くようになることである。経営者が現場に直接口出しするのをやめて現場の長に任せるようになる。個人商店から組織対応への脱皮の最初の一歩である。年商数億円〜10数億円がその分岐点だろうか。

 そのためには、経営理念が明確であって、それが社内に浸透していること。つまり社長イズムの浸透とは、経営理念(社長の夢+進むべき道+行動規範)が社内外に浸透していることにほかならない。経営理念を軽視するということは、企業が寄って立つ軸が定まらないこと、共通の目標が社内にないことを意味する。

 清掃や5S、あいさつの徹底はとても大切だ。そしてそれが社風の一部にまでなればすばらしい。礼儀正しい社員が迎える会社と、業務に没頭してあいさつさえしない社員が訪問者を迎える会社とでは、どちらが顧客に選ばれるかはいうまでもない。

 ささいなことさえもできる会社は、文字通り「お主、できるな」の印象を与える。この会社なら、取引をしても大きなプロジェクトを任せてもだいじょうぶだろうと思える。だから経営者の重要な役割は、単純なことを徹底して社風にまで高めることにある。これは、ここ数年繰り返し述べさせていただいたことだ。

 製造業など技術系の会社で見かけるのは、社長がアイデアを出し、それを実現させるための器、道具が会社(従業員)であるという経営。アイデア、発想力、課題解決力は属人的で、それが備わったトップが動物的な嗅覚を発揮して意思決定を行うのは、ある意味では合理的で効果的だ。だが人間はいつもいつも正しい意思決定を行えるわけではない。順調に推移しているように見える企業でも、転がりはじめると早いかもしれない。

 こうしてみると、中小企業の評価はトップの評価に等しいことがわかる。「自分は何にもしない社長だ」とニコニコしながらも会社の方針がぶれないように一貫した経営姿勢を持つトップこそ評価されるべきだろう。県内外のサービス業で、社長が方針を変えることなく、しかし権限は現場に渡している企業数社を知っているが、業績はそのときどきの諸条件で左右されるとしても、現場がきびきびと動いているのはよくわかる。任されて育ってきた証拠だ。

 それでは、経営者の方針がぶれるのはどんなときだろうか? 皮肉なことに、信頼できる人に勧められて読んだ経営書だったり、経営セミナーに行って感銘を受けたときなどではないだろうか。良いことをやるのはもちろん良いけれど、それが徹底せずに、経営の良いことをすべてやるデパートになったときに方針がぶれる、というか現場は混乱に陥る。 

 極論かもしれないが、経営については勉強しすぎないほうがいいのかもしれない。収益の源は、差別化による高付加価値戦略だろうが、それもシンプルな計画、行動によって実現するもの。なぜなら限られた経営資源が効果的に動くからだ。経営の知識を得たからといって経営が成功するとは限らないし、MBAや中小企業診断士が経営してもうまく行くとは限らない。

 これは、経営の道具(知識)を揃えたとしても、道具の使いこなしがうまいとは限らない。しかし一度使い始めた道具は手になじむまでやり抜いてみる。一度決めた方針にこだわることが大切。結果が一時的に出なくとも信じてやるしかない(隣の芝生が青く見えるもの)。いかに正しいかを悩むよりも、信じた道をいかに徹底してやれるかにこだわりたい。なぜなら、正しい経営、正しい人生などないのだから。


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