「まぼろしの顧客ニーズ?」
消費者ニーズが多様化しているって、ほんとうだろうか。選択肢を提示しないと客は納得しないという反論もあろう。本命を売るために「見せる商品」「価格帯を納得させる上級商品」は必要である。ここでの問題提起は、コンセプトを提示しきれていない、ということである。
三十代女性向けの生活提案をアルコールで行うとしたら?
三十代独身女性が深夜の自宅でくつろげるアルコール飲料をコンセプトとする。年に一回、自分のご褒美のための特別なワイン(価格は3〜5千円程度。決してマニア向きではなく、お手頃価格ながらおいしいワインは確実に存在する。それを発掘するのが店主の楽しみ)と、普段に飲むお得感の高いワイン(千円台)を並べてみる。カクテルの作り方のレシピと味の違いを楽しんでいただくための少量ボトルを中心に品揃えする。燻製やチーズなどアルコールと合う食材も不可欠だろう。この店のチラシは価格訴求(特価販売)ではなく、特定の商品を通じて30代女性の生活に潤いと安らぎを感じさせる提案を行うことになる。瓶ビールや全国ブランドの焼酎や日本酒を置くことはありえない。コンセプトに照らせば、置いてはいけない商品だから。
深夜の楽しみのひとときを提供するのであれば、これまでの酒販店とは異なり、照明やレイアウトをその時間のくつろぎに近づけ、店舗全体を生活提案の場としてみたい(この事例は坪当たりの販売効率と家賃、限界利益と固定費の吟味が必要であり、実際にどこかに立地している成立性の吟味が必要)。それまでドライマティーニを知らなかった女性が、ギルビーのジンをベースにノイリープラットのドライベルモットで柑橘系のさわやかな香りに浸りながら心をゆるめられたら、新たな需要が創造できる。
アルコールが苦手な女性のために、ドイツの純粋ビール令(ビールは麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とすると定めた世界最古といわれる食品の基準)に基づき、麦のふくよかさが楽しめるローアルコールの銘柄(ヘニンガー・ゲステルなど)は、やさしい風味がコンセプトにぴったり(ただし県内には置いていないようだ)。
このように、消費者ニーズを読むのではなく、多少の想像と洞察を交えながら顧客像を創造する作業を行い、どのような価値が受け容れられるのかを構築することがコンセプトである。コンセプトを後押しするMD(品揃え)の充実なら良いが、コンセプト不在のままMDが膨れあがるのは顧客からみてわかりにくい店となる。ゆえに顧客の選好率が低下し、商圏が狭くなり、売上は上がっても回転率が下がり、収益性も低下する。コンセプト不在の店は、収益性の低下と財務体質の脆弱化を招くということである。
企業のモノサシ、顧客のモノサシ
あふれる情報を人々は的確に判断できているだろうか? 情報がその人にとって有益なのは、的確な判断基準を持つときに限られる。モノサシをもたずに情報を飲み込むと、咀嚼できずに消化不良となる。だから安易な第三者の評価に委ねてネットサーフィン中毒となったり友人の口コミを頼ってしまう。
モノサシを持たない人たちを相手に商売すると、大きな経営資本を用いて移り気な顧客相手にいつも流行提案や消費刺激を行わなければならない。それは、ファンづくりとは程遠い。
百貨店の業績低迷が続いている。百貨店といえば、長期間使用できるモノを販売している印象がある。業界関係者に話を聞いてみると、同じようなスーツに見えても、ステッチの入れ方や生地などの細部が違う。流通形態が変わっても価格と品質の関係は一定なので、どこで買っても価格なりの品ということとのことである。
スーツの世界にも流行はあるようだ。バブルの頃はイタリア系のソフトスーツが多く見られ、数年前は三つボタンが主流で、ここ数年は2つボタンが目立つ。知人は、かつて一流メーカーの紺のブレザーを百貨店で購入して着ているが、シルエットは今風ではない。このように耐久性のある良い品を百貨店で購入した場合、流行とずれてくることがあり、カテゴリーキラーでも十分との声もわからなくはない。
しかし、その人が気に入って自分に合うと思えば流行は関係ないだろう。その人の年齢やたたずまいに合う雰囲気があって、それを自覚して着こなせばいい。百貨店に必要なのは、ブランドの棚貸し業ではなく、社員自らが企画、折衝、製品化した独自ブランドを育てることだろう。それには長い時間がかかる。
インターネットが有利な点
どのような人たちに、どんな場面で使っていただけるかを想定してモノづくりや販売を行うとき、理念、哲学、思想が背景にあるはずである。ただしそれは「こだわり」のうんちくを並べることとは違う(それは売り手のひとりよがり)。実店舗と違い、インターネットでは企業のモノサシを提示しやすい。それを実行できているのは少数の店舗であり、それらの店には人気や信頼が集中する。インターネットでの販売の成功とは、モノサシを提示することと、それを実現する地道なプロセスを確立(情報発信、顧客対応、受発注処理)することに尽きる。
市バスの運転手にかつての商店街の賑わいを見た
商店街の活性化の打ち合わせに参加し、県外から高速バスと路線バスを乗り継いで帰宅したことがあった。高速道路のETC割引のせいか高速バスの乗客が少なくなったように見受けられる。路線によっては、運転手のぶっきらぼうなアナウンスなどの乗客への不適切な応対、乱暴な運転など質の低下が目立つ(ほかに選択肢がない場合は我慢して乗らなければならない。ドル箱路線とそうでない路線では運転手を選別、配置しているのか?)。
K市営バスに乗り継いで驚いた。運転手はインカムを付けて運転状況をリアルタイムに社内に流している。「○○停留所、通過します」「信号で止まります」「発車します」などと。しかも明瞭な発声と弾むような抑揚のアナウンスを控えめな音量で流している。そのことが社内にリズムをつくりだしている。
高齢者にはバスの乗車券優待制度があり、それを利用する高齢者の乗客は運転者にお礼を言って降りている。運転手は停車時は乗客と会話をすることもある。バス亭で待ち合わせの人がいてバスが停車すると、待ち合わせ客はバスには乗らなかったが運転手には笑顔で手を振っていた。運転手と顔見知りなのかもしれないが、かつての商店街で失われた関係性を見た。
効率性だけで公共サービスを考えることはできないが、おもてなしの雰囲気をつくることは、自らが仕事を楽しむことにも通じるし、そのことで住民の支持を得ることが公共サービスの存続には不可欠だろう。乗務員によるフレンドリーな応対やユーモアあふれる接客、社員のチームワークの結束を追求しているのはアメリカのサウスウェスト航空であるが、低価格でありながら、高い安全性と信頼性、楽しさと利便性を高い次元で実現して顧客の圧倒的な支持を集めている。
顧客ニーズに翻弄されず、自らの土俵で顧客ニーズをつくりだす。そのためのモノサシをつくることの大切さを教えてくれる。
Copyright(c) 2008 office soratoumi,All Right Reserved
|