人の手の温もりを届ける人たち〜海部は21世紀のミッション
旧海南町(海陽町)にはゴッドハンドと呼びたい美容師がいる。奥まった場所にある小さな美容室だけれども、顧客が絶えない。
その美容師は平山典子さん。いつも笑顔を絶やさず謙虚なお人柄を慕って小さな美容室に人々は集う。店の従業員の人たちにも手厚く接しているのをぼくは知っている。なごやかで自分の家のようなあたたかい雰囲気に包まれる。
ゴットハンドと呼ばせていただいているのは美容師としての技術である。おそらく髪の毛の特性を見抜き、髪が伸びてくる数週間後までも見越してカットしているのだろう、次のカットまで髪型がしっくり来る。さらにすごいのは平山さんが編み出した独特のシャンプー技術にある。
特別なシャンプーを使うことなく、その技法でシャンプーすれば、毛髪が元気になる(コツを会得すれば自分でできる)。それまで髪の毛が生えない、癖毛、白髪、遺伝だからなどと諦めていた人たちが数週間で変化をもたらすかもしれない驚きのメソッドである。
実績があるのはもちろんだが、なぜそうなるのかについての合理的な理由を説明してくれる。それは平山さんが工学的な視点(経験則+観察眼+仮説に基づく実行と検証)をお持ちだからだと思う。そんな平山さんのカットとシャンプーを受けたいから仕事をキャンセルしてでもここへ通っている。
平山さんは美容室を経営する傍らで発明を行う。数年前には日常の介護に役に立ち、いざというときには非力な人にも体格の大きな患者を無理なく背負える道具を開発。それが平成18年度の発明の徳島県知事賞を授賞した「ちょいぱ」という製品である。
開発には私財を投下し、3年以上の歳月をかけて製品化にこぎ着けた。製品はいまも地道な改良を続けており、このたびの改良では災害時の緊急避難に介護を必要とする人たちを、さらに迅速、安全、簡単に運べるようになっている。なぜ、彼女はそれほどまでしてつくりたいと思ったのか?
海南町浅川地区は、昭和21年の南海大地震で津波による高波が集落を襲い、多くの犠牲者が出た(このときは森繁久弥も浅川に疎開していた)。彼女と親しい女性が赤ちゃんを背負って山に避難しようとしたときのこと。狭い避難道を混乱のなかでもまれるうちに赤ちゃんを落としてしまった。お母さんの嘆きはいかばかりだろう。
今世紀初頭には、さらに大規模の地震が起こることが予想されている。「あんなことは二度とあってはいけない。赤ちゃんを絶対に落とさないよう、防災時に確実に、迅速に、そして楽に背負える介助用品をつくりたくて…」と平山さんは語る。
製品はオーバースペックと思えるような強度を持ち、細かい配慮が行き届いた使いやすさがある。バックルは山岳救助隊が使っているものと同等のものを探し求めて手に入れた。布は耐久性や機能性を重視した特殊な素材。こうした選りすぐりのパーツを地元の縫製のできる人に外注してできあがった。
苦労の末に世に問う製品ではあるが,平山さんは気軽に使えるような価格設定にしたいという。それでは開発費の回収がおぼつかない。けれど平山さんを動かしているのは使命感であって私欲ではない。こうした製品が世に出て、それを必要とする人たちに届けることができたら、こんなにうれしいことはない。
この界隈(半径1キロ以内)にはきらりと光る事業所がいくつかある。夫婦二人で経営する「鶴和商店」は小さな駄菓子屋さんという店構えだが、ここには薪を割ってレンガのかまどで蒸し上げる絶品の手作りういろがある。旧海南町大里松原の界隈では、かつてそれぞれの家庭でおばあちゃんがういろをつくっていた。地元ではありふれたものかもしれないが、それでも作り手は少なくなっている。
このういろに物語性を付加してインターネットのショッピングモールで仕掛けたところ、そのカテゴリーで大ヒットとなった。こうして一日に百個程度の地元の手作りういろは、全国で親しまれるようになった。地元の日常が別の場所では非日常に変わる。テーマは脱地元市場(相場)である。
その仕掛け人が、鶴和商店から歩いて数分のところにある(株)アルタシステムである。同社はパソコンの販売やプログラム開発を主力としていたが、ここ数年は地域の素材をインターネット通販で販売する事業に注力している。
天体観測がお好きな社長のやわらかな感性、数字(論理の組み立て)を重視した理工学的なアプローチが光る。小さくても光る地域の資源に独自の視点でマーケティングし、地域の農林水産業をまきこんで情報発信を行うことで付加価値を創造している。
さらに歩いて数分のところに、出生祝いのお返し用にと赤ちゃんの出生体重と同じ重さの米をその赤ちゃんの写真入りの袋に入れて全国へ発送して話題を呼んでいる米屋「舛屋」がある。赤ちゃんが生まれたお喜びの半返しとして送料込み4,980円の価格設定が明快で、お返しに何がいいか悩む若い夫婦にわかりやすい商品企画となった。しかも送り主である夫婦が撮影した赤ちゃんの顔が米袋にプリントされており、送られた側も米袋を抱っこしていると「もらった」という実感が湧く。遠く離れた実家の父母がはしゃぐ姿が目に浮かぶようだ。
こうして「だっこ米」と名付けられたその商品は楽天の「内祝い」カテゴリーでランキング1位となった(インターネットの販売はアルタシステムが手がけている)。米の消費量は減少しているうえ価格も低下傾向にあるという。キロいくらという素材市場を、心の動きを捉えた感性市場へと転換することで米販売の付加価値化に成功した。
これらの事業所のうち、3事業所が徳島県の経営革新計画の認定を受けている。実は経営革新計画の認定申請は手間がかかる。これまでの事業から経営革新事業への必然性、商品の独自性、販売を伸ばす具体的な根拠などの説得性が求められる。認定を受けると、低利融資や経営革新のための設備投資の補助金、販路開拓支援などが受けられる道が拓ける。
けれども最大の収穫は、認定を受ける(書類を作成する)過程で、県や専門家の指摘に応えていくうち、これまでの自らの事業を客観的に振り返ることで強み弱みが把握でき、未来の方向性が見えてくることではないだろうか。目標数字を自らの手で示すとともに、数字の達成のための行動(スケジュール)が見えてくる。その達成感は言葉に尽くせない。
そんな経営革新の認定を受けた事業所が歩いて10分以内の狭い地区に集中している事例は全国的にも希だろう。
平成19年度からの経済産業省の重点施策に「地域資源」がある。平成20年度は「農商工連携」が加わる。海部では補助金に頼ることなく、自分たちが考え、自分たちの手で活性化を図ろうとする動きが出てきている。海部地域の経済の実態はまさに崖っぷち。その危機感のなかから、わくわくするようなプロジェクトを立ち上げていきたい。
2008年、商工業、農林水産業の垣根を越え、徳島県南部総合県民局の立ち上げ支援を経て、いよいよプロジェクトが動き出す。随時その様子をお伝えしようと思う。
愛情を込めて握られたおむすびにはどんな料理に優るおいしさがあるように、人の手の温もりは時代を超越する。海部郡には、信念を持って地道に活動を続ける人たちがいる。衰退しているとみられがちな海部であるが、活性化の萌芽はどこよりも濃厚。潜在的な可能性は全国有数の地区であると思う。21世紀の魅力のベクトルは海部に向かって集まりそうな予感がする。
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