「不適切な人をバスから降ろす〜無記名アンケートの真実」
業績がなんらかの理由で悪化したとき、やむをえず人員削減、給与削減あるいはその両方を行うことになる。なぜなら、人件費は経費に占める割合が大きいうえに、即効性(削減すると決めたらそのときに)があるからだ。
その際に誰を辞めさせるべきか迷うことがある。希望退職を募れば、辞めて欲しくない人が名乗りを挙げることがあるし、会社が危機になって希望退職を募ると、有能な社員から出て行く傾向がある。イエスマンだけを会社に置いておくと、経営者は真実を知らされない裸の王様となり、気付いたときには取り返しがつかない事態になっているかもしれない。
以前に紹介した「ビジョナリーカンパニー2」によれば、「適切な人をバスに乗せる。不適切な人はバスから降りてもらう」が伸び続ける会社の共通条件としている。つまり、人材は、理念や方針、目的を決める以前の前提条件である。言葉を換えれば「いい人材が見つかってから(プロジェクトなどを)始めればよい」のであり、「人材」ではなく、「適切な人材」が重要、人材育成ではなく人材探しがカギということになる。
単年度で業績が大幅に落ち込んだある製造業では、無記名アンケートで「誰を辞めさせたらいいか」を書いてもらい、そこに書かれている名前を参考に人員削減を行った。これは「不適切な人をバスから降りてもらう」作業である。結果は人員削減にもかかわらず売上が上がり、生産性が改善された。これは、精神的にいい職場環境に置かれたことでプラス志向が生まれるようになり、ただちに業績が改善した事例である。
別のサービス業で社員から取締役昇格候補者を数名示し、誰が適当かを無記名で尋ねたところ、特定の幹部に対する厳しい意見が相次ぎ、社員の64%が社内抜擢を否定した(その後、公募することになった)。また会社の一人当たりの売上高、粗利益をグラフにしてみると、その幹部が重用されるようになってから業績が低迷を始めていた。新社長はこの状況を幸いにも就任後すぐに把握した。良くない人材が組織に及ぼすマイナスの要因は大きい。今後も改善が見られないようなら、組織の健全さを保つうえで経営陣は決断しなければならないだろう。
社内で批判を浴びる人材の傾向として、「口ばかりで行動しない。批評家的。会社のことを考えておらず自己中心的。社内の仕事の流れを把握していない。枝葉末節にこだわるが大きな流れが捉えられていない」などが挙げられる。そんな人が上に立つと部下は苦労し、企業の業績よりも上司を納得させることに神経を使う結果、新たな知恵や創意工夫が生まれる余地がなくなり、業績が低迷する。
別の県内大手企業では、ワンマンな同族役員に対する痛烈な批判が相次いだ。しかし無記名アンケートであっても経営陣への遠慮も同時に感じられる。これは「誰が書いたんだ」と犯人捜しをされるのではないかという恐怖がある(以前に犯人探しを行ったという)。今回は、第三者に委託し、そこから要約した内容と今後のヒントを考えることにした。こうしていい方向へ動き出している。
社内一致して危機を乗り切るためには、悪い情報が上に届くこと、そして全員が課題とビジョンを共有することである。現場に必ずある改善の知恵を眠らせてしまわないために、社員の能力、人材を伸ばすきっかけを逃がさないために、社員を信頼し、現場からの意見を尊重して見守っていくことが幹部には求められている。
しかし経営者は孤独であり、社員には裏切られることも少なくない。アンケートを見れば、社員の誤解や事実誤認も少なくない(コミュニケーション不足)。それでもなお社員を信じる度量があるかどうか。逆にいえば、信頼される人材であれば、一部の例外のために規則や作業を厳格化したり複雑化したりすることなく顧客業務に専念できる。「不適切な人をバスから降ろし、適切な人をバスに乗せよ」の格言は生きている。
以上は県内の今年の事例である。経営革新や企業再生には第三者として良質のコンサルタントの存在は不可欠だが、彼の仕事は、欠点を指摘することではなく、社内に埋もれている「ちょっとしたいいこと」に光を当て、それをみんなで共有し、自ずといい方向へ動き出すことを支援する役割。さらに社内で気付かない大所高所からの視点を加味しての協働作業となる。なにも数字ばかりが経営改善ではない。最初の第一歩は課題をあぶり出して共有することであり、社員無記名アンケートを第三者に委託して社員のホンネを引き出しつつ、幹部が胸襟を開いてコミュニケーションを図っていく。そんなコンサルタントの使い方もある。
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