「わずかの生姜が魔法のひとしずく」


秋が深まってきた。何を食べてもおいしい季節。
特に野菜と魚料理に腕を振るってみる。
素材の「おいしさ」を引き出す調理法を知っていれば、
それほど手間をかけずに素朴でおいしい手料理ができあがる。
もう外食する気が起こらないほどだ。

夜が長くなると音楽も聴いてみたくなる。
寝る前に、その日に聴きたい一枚を選んでかけると、
いつのまにか眠っている。

ジョージ・ウィンストンの四季四部作のピアノ作品は、
子どもの頃の好奇心や無邪気を織り交ぜながら
子守唄のように弾む。

武満徹の雅楽「秋庭歌一具」は
飄々と奏される雅楽が空間に滑り込んできて太鼓が刻む。
音の出ていない間合いに耳を澄ませると、
深夜の静寂に無音の音楽が満たされる感がある。

チャーリー・ヘイデン&パット・メセニーの
「ミズーリ・スカイ」は、
アコースティックギターとベースが
高原の秋の空のような寂寥感をあたたかく紡ぐ。

吉松隆の作品「プレイアデス組曲」や
ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」の耽美は
夜のとばりにしずしずと舞い降りてきて魂をなぐさめてくれる。

本谷美加子のオカリナ「風に抱かれて」は
自身の四国巡礼に触発された作品で、
室戸岬や杉木立で演奏されたら風土と同化してしまいそう。.

変わったところでは、
東京楽所の「日本古代歌謡の世界」がある。
古来からほとんど部外者に演奏されることのない
天皇家の祭祀音楽として演奏されてきたお神楽で、
表現する手段としての人の声ではなく、
大地の根っこのような声が不思議に揺れる。
まるで神様が降りてきたかのようだ。

モーツァルトのクラリネット協奏曲やクラリネット五重奏曲は
秋空の澄んだ彼岸の音楽である。

いまから二十数年前のヒット曲、
松田聖子の「風立ちぬ」を久しぶりにかけてみた。
それまでの路線と違って大滝詠一が作曲したものだが、
いまでも評価が高い楽曲である。

うたってみるとなかなかむずかしい。
音程を追いかけるだけで普通の人は精一杯だが、
プロは「表現」して感動させなければならない。

「かぜたちぬ いまはあき」とさびで始まり、
次のフレーズでは一転して低い音程で独白となる。

「なみだがお みせたくなくて…」。
けれど、ここを気を抜くと乗れなくなるので
歌手にとってこの曲は息を抜く場面がない。

そして「さよなら さよなら さよなら」の
盛り上がりに向けては、
音を切りながら(スタッカート)
つなぐ(レガート)絶妙の均衡が必要だ。

ぶつ切りにすると芝居がかって演歌のようだし、
つなぎすぎると心にひっかからない。
ためらいと決意が明滅する旋律を
デビュー2年目の10代後半の女の子に歌わせるのだから
大滝詠一、松本隆は大きな宿題を出したともいえる。

このアルバム は全編を通じて、
楽器の被せ方に細かい職人芸があるので、
いいオーディオ装置か
良質のヘッドホンで聴くとさらに楽しめる。
わずかな違いに気付くと、
音楽はさらに深みを増し、心から楽しめるようになる。

よくできたジェラートがあるとする。
そこにわずかに生姜を加えてみる。
すると、なんとも絶妙。
独特の甘酸っぱさを醸し出してはいるけれども、
ジェラートの楽しさを失っておらず、
切ないまでに舌をくすぐる。
生姜は風味をよくする絶妙の食材である。

(場面転換)

お隣の高知県が全国一の産地なので、
徳島でも比較的安く手に入る。
生姜は血流を促進し、
冷え性の人には欠かせないので、
紅茶に入れてみるなど
これからの季節は台所の必需品となる。

いまの世の中は、変わったものが受ける傾向がある。
わかりやすいからだ。

例えば、劇辛ラーメン。
食べたら卒倒するぐらい辛いし、
クセがあるとする。
こうしたものは、ニュースに乗りやすいし、
口コミもされ、ブログに書かれやすい。
だから遠くから人を集めることができる。

ところが、
何度もリピートしてもらえるかというとそうではないだろう。
モノ余りの時代だから、
物質的に恵まれていても精神的に退屈している人は少なくない。
すると、刺激や変化を求めるので、
どこにでもあるものなら振り向かない。
だから個性を思い切って出す。それはそれでいい。

けれど、まずは本質的なことを磨いていきたいもの。
掃除なら、部屋のすみずみまで磨く。
仕事場がぴかぴか輝いていると、
清掃を楽しみながらやっているんだなと思える。

あいさつができていると、
「ああ、この人はプロだな」
(仕事のスイッチを入れる方法を知っているな)と感じる。

食品なら、レシピに沿ってていねいにつくる。
心を込めると味が変わることは
プロなら当たり前のことで書くまでもないこと。
食材は生き物なので、
湿度や温度によってわずかな調整を加えてつくりこんでいく。

地道に基本を徹底していれば、
わずかに加えた生姜が魔法のひとしずくとなる。
本質的な価値はあせることはないが、
一方で顧客は飽きやすい。
だから微妙な差別化が必要で、これが付加価値だ。

本質をたゆまず磨くことが飛翔の条件。
それに感性が加われば、発展の図式は無限にも見えてくる。


追記

海陽町宍喰の那佐湾を目の前に、
「四国の右下」と呼ばれる
海部地域の活性化を願って飲食店がこの秋に開店した。
数年前に東京からIターンで日和佐に移住してきた
日比光則さん・裕子さん夫妻が経営する「Channel R55」。

このお店では、
地元の隠れた逸品を活かすべく手間を惜しまず
手作りのホンモノ料理を出している。
徳島市内から2時間という距離だが、
ドライブがてら出かけてみるのもいい。

メニューは今後少しずつ増やしていく予定で、
いまは「つけ麺」が絶品だ。
ただおいしいだけではなく、食の安心安全はもとより、
それをつくる農家の人たちの心を感じながら、
その人たちのくらしの支えとなるよう願いを込めてつくられている。

「四国の右下のモノと人を応援する店」
Channel R55 
海部郡海陽町宍喰浦字那佐337-89(「おいしい」の看板が目印」)
電話 0884-76-1128
定休日 火曜
営業時間12時〜18時
*ご遠方から来られる際は念のため電話で確認を。

「本田麺を活かしたつけ麺。小麦の甘みと歯ごたえをスープにつけて食べる。なごみを感じる」

「甲浦の小池美奈子さんが焼く絶品のシフォンケーキとジンジャーティーのセット」

「那佐湾が眼前に広がり、晴れた日にはエメラルド色の海の階調の変化が楽しめる」

 注/写真は、プレオープン時の画像です。2009年10月3日に正式オープンされたということで、メニュー等の内容が変わっていることがあります。

Copyright(c) 2008 office soratoumi,All Right Reserved