ゆるめること〜身体意識をつくる


相反することを求められて、それがうまくできる人がいる。楽に目標を達成するばかりか、その過程を楽しんでいるようにも見える。

そんな人は、「信念があるが、融通無碍」「しなやかだが折れにくい」「微笑みを絶やさないが、厳しいときには頼りになる」。会議では「ホンネで話しながら決してひとを傷つけることなく創造的にリードする」「細かいところに気が付くが、大所高所から物事が見えている」「問題点がたくさんあっても気にならない。しかし肝心要の課題だけは解決する」。外出時に少しでも雨が降る可能性があれば、「振らないだろう」と楽観しながらも雨に備えて傘を持っていく人であったりする。

理想的な人は、このように二律背反することをしなやかに、しかも的確にやってのける。そうした能力はどこから来るのか、どのように獲得するのかについて、運動理論から興味深い実践報告がある。

運動科学総合研究所を主宰している高岡英夫氏によれば、人間の身体は、約200の骨と約500の筋肉から構成されているが、そのなかでほとんど役割を果たさないばかりかブレーキになっている筋肉もある。理想は、すべての筋肉が少しずつ協力して身体を加算的に動かしていくことで、鋭くしなやかな動きを得るというもの。その典型がイチローで、大リーガーのなかにあって、あの身体で一流の打球の速度、レーザービームといわれる正確で鋭い送球、すぐにトップスピードに達する走塁などが説明できるという。

筋肉隆々でブンブンとバットを振り回すバッターがいたとする。カチコチに力を入れているが、インパクトに鋭さを欠くこともある。これに対してイチローは、打席に入る前には軟体動物のようにくねらせていて身体を弛緩させている。緩んだ身体の機能が、ぴしっと電気が走るように統制されて運動機能が高まる。高岡氏は、「ゆるめる」ことの大切さを説いている。「緩める」ことを意識して行うことができればどうなるのだろう。

もし人間が少ない筋肉を上手に使いこなせれば、快適な生活ができる。それは、身体意識の使いこなしであるという。しかも肉体ばかりか精神的にも快適だという。

高岡英夫著「身体意識を鍛える」

ぼくは上記の書籍を読んで納得できた。文中には7つの身体意識に関する採点表があるが、それによると、ぼくは「センター」という意識が発達していることがわかった(25/25)。確かに動作がぴしっと決まり、軸がぶれない。動きの途中でもどこか静止しているような、動いているときに時間が遅くなって自らの動きを楽しんでいるようなところがある。

水泳をすれば、泳ぎ初めてから速度が上がっていくが、身体はむしろ楽になっていく。ただし1キロを10分台で泳ぐようなことはできず絶対的な速度は速くない。でも魚のように水になじみ、空気が無意識のうちに体内に取り込まれる感覚を覚える。だから、プールよりも海や川へ身を置いたときに水を得た魚のようになれる。

さまざまな経験を経ようとも、基本的な生き方は、10代の頃から変わらない、ぶれないのも「センター」の機能なのかなと思った。

このほかの身体意識では、「中丹田」「リバース」「裏転子」もAクラス(20〜24/25)だとわかった。「エレベーターよりも歩くほうが楽」というと、キョトンとした顔をされることもあるが、これも身体意識をある程度使っているからだと思う。

身体意識をどうつくるかについての高岡氏の研究はすばらしいと思う。もっと楽に強く生きてみたいと思う人は、日常生活に取り入れてみてはと思う。この本のなかでは、柔道の山下泰裕の強さ、ゴルフのタイガー・ウッズの正確なショット、歌舞伎役者の六世中村歌右衛門の舞台姿の妖艶美など、古今東西を問わず、すぐれた人材に共通する身体意識について触れられているのも楽しみ。具体的に身体意識をつくるためのトレーニング法も紹介されている。スポーツをするためだけでなく、心身を楽に生きるためにもおすすめしたい。

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