ぼくは、夏が好きです〜「空と海」から
|
暑いから夏が好き。せっかく暑い季節を楽しめるんだから、エアコンは使わない。いいな、暑いって。夏に感動するから、「空と海」に夏を閉じこめてみた。 さっきからペダルを踏みつづけているのに、一向に距離がかせげない。上からの直射は無言のまま肌を突き抜け、下からの照り返しは足元にぞっとするような熱を滞らせる。地球の扇風機は止まったまま…。 (今日吹く風はもう昨日吹いてしまって品切れだよ。また明日おいで) でも、近づくと黒い水たまりは消えた。逃げ水はよく嘘をつく。 車のストップランプが赤に点灯すると、黒いススに混じってディーゼルの排気音が空気をラチェットで刻んで震える。口を閉じて肺を守ってやらなければならない。太陽は相変わらず黙ったまま、七月の午後はフライパンの上で呼吸をしていた。 自分の汗に含まれる塩分で身体が溶けだしてしまいそうだ。暑いといったところで何も変わらない。だから声には出さない。ナメクジの体だってこんなにぬるぬるはしていない。水が欲しい。塩もなめたい。 早く抜け出そう、風になろう。ただ前進する動力機関にすぎないのだ。疾走する風はさまざまな夢想を追い越していく。室戸岬まであとどれくらいだろう。 風景が灰色から緑に変わる。太陽に向かって仲直りをする。草いきれの匂いがした。そして山道へ入った。 風が出てきた。雲の流れが早いとき、空の色がもっとも青くなる。 小麦色の娘が躍動する時、決まって美しく見えるのは、見る人の視線が低い位置にある時だ。 そうして彼女たちを見上げるようにして、ポートレートの背景を空に抜いてしまう。 真紅のサルスベリの花、黄色いマツヨイグサのつぼみ、オニユリのみかん色、トロピカル・ドリンクのライトブルー…。青空を背景に浮かびあがるとき、夏の空という主人公にみつめられて色彩はその時、物体からこぼれ落ちたようにみえる。 汗が出る。 (暑い) 空を仰ぐだろう。上向きの視線は、人間が夏と交わした契約である。 「空と海」は、18歳から書き始めた小説です。読んでみてください。 ▲戻る |