みすずと佐吉の短い夏
毎年7月になると、あちこちでクルマに轢かれたカブトムシを見かけるようになる。街灯に飛んできたものの、飛ぶのが苦手なカブトムシは着地に失敗し、ひっくり返って足をバタバタさせている。するとそこへクルマで来て知らぬ間に踏んでしまう。

うちの事務所からクルマで10分ぐらいの川沿いの道は特に多い。姪っ子、甥っ子に見せてやりたい気持ちもあって、カブトムシを救助に行く。救助とはおおげさなと思われるかもしれないが、ぼくが助けなければ間違いなく数分以内に殺される(しかも殺した人間は気付いてもいない)。

ある日の夜、落ちてきたばかりのカブトムシのオスとメスを確保した。走りながらカブトムシを見つけるとクルマを停めるのだが、ハザードランプを点滅させて後続車に知らせる。わずか30秒の停車だが、そうしないと事故の怖れがある。

メスは普通の大きさだが力は強そうだ。オスはサナギのときに大きくなれなかったようで、身体も小さければ角も小さい。メスはみすず、オスは佐吉と名付けた。

ある日の朝、エサをやろうと昆虫マットに潜り込んでいる二匹を点呼した。するとみすずが出てこない。おかしいなと思って調べるとやはりいない。どうやら力の強いみすずは、金魚鉢の蓋を入れて自分で出ていったようだ。

ところがその2日後、妹夫婦が住む近所のマンションの前でメスのカブトムシの死体が見つかった。発見者はうちの母。遊びに来ていた姪っ子を見送りに行ったときに、バタバタと足を動かしているのを発見した。着地したばかりだったのだろう。それで、姪っ子を部屋まで送ってからすぐに戻ると、もう死体となっていた。事件が起こったのはこの数分間。

この辺りにカブトムシはいないし、飛んでくることもない。よく見ると、うちから逃げ出したみすずのようだ。自由を求めて逃げ出したものの、交通事故で死んだ。彼女にとって自由の代償は大きかった。

カブトムシを捕まえたときに、クヌギマットと昆虫ゼリーを買ってきて甥っ子に世話をするように言ったのだが、日が経つにつれ、だんだん世話をしなくなる。ぼくもときどきゼリーを与え、マットのなかを確認していた。

さなぎのときに栄養に恵まれなかった佐吉も、昆虫ゼリーをむさぼり、昆虫マットで惰眠を重ねるという贅沢をするうちに、だんだん大きくなってきた。これならメスをめぐる競争に参加できるのではないか。そろそろ放してやろう、そうして二世をつくる最後のチャンスだ、彼に残された時間はあと1週間ばかり。

ところが記録的な雨続きの八月も下旬になって、ようやく夏の太陽が出てきた。川の水も引いて絶好の状況。川へ遊びに行くには今しかないと思った。同じ頃、姪っ子、甥っ子も2泊3日の旅行に連れていってもらえることとなった。このとき管理者が誰もいなくなった。

ぼくが1泊2日の川遊びから帰ってくると、残された佐吉は、背を向けてひっくり返って死んでいた。しかも足を行儀良くたたんでいた。

エサが欲しかったのか、ベランダが暑すぎたのか。昆虫マットには湿り気が必要だが、ぱさぱさに乾いていた。これではカブトムシは棲めない。エサもなくなったので、空へ向かって飛ぼうとしたが、網を持ち上げることはできなかった。子孫を残すという本能で何度かフタに体当たりを挑戦するうちに力尽きたのかもしれない。

交通事故で死ぬ寸前のカブトムシを捕まえては、姪っ子、甥っ子の夏休み教材も兼ねて観察させ、カブトムシには体力を付けさせて、お盆を過ぎる頃に山に放してやるという救助&育成システム。昨年はうまく行ったのだが、わずかの油断から、逃げ出したメスは交通事故、オスは餓死(衰弱死)させてしまった。

短い夏を精一杯生きようとしたみすずと佐吉の時間は終わった。
(8月25日)

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