微妙な光と影を再現できるライツミノルタCL
そのカメラは黒い革に包まれた手のひらサイズ。シャッターの感触がよくて、歯切れ良い音を発する。しかもこのカメラはレンズが交換できる。といっても一眼レフではないし、一眼レフのようにどんな交換レンズが使えるわけでもない。使えるのはたった2種類。40oF2の準標準レンズと90oF4の中望遠レンズ。40ミリはドイツで設計され日本で製造されたもの、90ミリはドイツで製造されたといわれる。

ドイツの写真工学会の粋を集めたカメラといえば、ライカとコンタックスがある。しかし日本の一眼レフ攻勢のマーケティングに破れたというのが定説である。そこでライカとミノルタの提携が行われたわけで、ドイツの技術思想に日本のマイクロメカトロニクスを組み合わせてつくられたミニライカというべき距離計連動カメラ、それがライツミノルタである。

買ってから二十年以上になると思うが、ぼくの手元にあるのは(信じられないだろうが)新品同様である。メカの動き、距離計、露出計は製造時の精度を維持して余りある。もちろんこのカメラが発売されたときに子どもだったぼくには手が出せるはずがない。元の所有者は親父である。若い頃はブローニーで撮影し暗室を設けて現像するなど凝っていたが、このカメラだけはほとんど使わず大切にしまい込んだまま、写真を撮らなくなったのでぼくが買い取った。しかもそのぼくとてほとんど使用していない。やはり交換レンズの制約と実用性で一眼レフの出番が多かったのだ。

普段のぼくの常用カメラはミノルタのX700である。ライツミノルタのレンズによく似た特性だが、ポジフィルムの場合、適切からややオーバー目に感じられる露光設定のようで、絵のようなしっとりとしたコクのある描写がある。だから未だにオートフォーカスに乗り換えられない。

ライツミノルタの40ミリレンズはすばらしい。平面のフィルムに立体を描くように光と影を明確に差を付ける。にもかかわらず明るい部分の詳細は失われない。暗い部分の詳細も失われない。階調が豊かでコントラストが高いのに、やわらかくこくのある描写をする。

  → 例えばこんな風景を見てください(40ミリ)。

例えばこんな風景がある。小さな沢が樹木のトンネルをくぐって流れている。樹幹をすり抜けた太陽の光が水面を照らし、空を切り取って水の表面に投げかけ、水はやや反射しながらも浅い水深の川底を伝える。空色と川底の色が重なり合ったかのような微妙な色に太陽と木漏れ日がさらに妖しく微妙なコントラストを与える。

デジカメではとうていこの微妙な階調を捉えることはできない。もし捉えたとしても、その画像(データ)はいつまで読みとることができるだろう。やはり百年以上の歴史を持つ銀塩写真の完成度には叶わない。坂本龍馬の肖像写真さえ残っている。デジカメで撮った写真データは百年はおろか十年先に残るとすら思えない。また銀塩の一眼レフであっても構成枚数の多いズームレンズだと微妙な情報が失われる。

その点、変形ガウス型のこの40ミリ準標準レンズは、光と影を微妙に描き、その微妙な境界をできるだけたくさんの色と調子で見せてくれる。特別な風景でなくても、ただ光と影が微妙に組み合わされた被写体を見つければいい。そう感じられるから取っておきの被写体のために出番を待っている。

静かで透明なシャッター音はそれだけで持つ喜びがある。

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