ブナの森を歩く、四国一のブナにたどりつく
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徳島新聞の朝刊(2003年6月12日付)をみると、観察用の自動カメラにツキノワグマが写っていたという記事が一面にあった。地図の縮尺が大きくてわかりにくいが、つい先週の日曜日に行った勘場山〜権田山のブナの森であることはすぐにわかった。 いつ頃からか木頭村〜木沢村境にある権田山に四国一のブナがあると聞いて出掛けたことがあった。勘場山林道の入り口付近でクルマを置き、1時間半ぐらい歩くと林道分岐を左へ入り、そこから藪の薄いところを選んで入った。
ブナの森は下草が少なく歩きやすい。しかし林道から入山したすぐはスズタケが多い。数年前にぼくが入った頃は赤テープがなかったが、今ではところどころに目印がある。随所に大型動物の糞、なぎ倒された木の枝が目に付く。見通しが悪いので、大型動物との出会い頭を避けるよう、低く「ほう」と声を出しながら進む。 まもなく急峻な斜面にさしかかる。これを登り切るとなだらかで下草も少ないぶなの森が拡がる。野鳥のドラミング(タタタとつつく音)が聞こえてくる。しかしそれ以外は風さえ音を立てない静寂の時間が支配する。 この尾根の森をさらに進むと、権田山へ向かって尾根の北斜面をトラバースして山頂へ向かう。林道から1時間半ぐらいで権田山山頂へ着く。そこからさらに西へ尾根を下っていくと、四国一といわれるブナが現れる。すぐそばに、ほとんど同じぐらいの大きさのブナがある。 季節はずれの六月の台風が残していった爪痕は、林道の崩壊と崩落。でも崩れているのは林道沿いだけで、ブナの森はびくともせず静まりかえっている。この日の参加者は、おとな6人、子ども2人。性別では、男性4人、女性4人。比較的山に慣れた人たちだが、山登りを趣味としている人ばかりではない。 小学二年生のまさくんは、お姉さんのりさちゃんと母親のみどりさんと同行。それまで歩いていた林道から、けもの道に変わると、「なぜ、林道を通らないの?」とつぶやく。スズタケをかき分ける藪漕ぎはもちろん初めて。そのうえにいつ目的地に付くのかわからないから、大きな木を見るたびに、「これがそう?」と聞く。その気持ちはわかる。だから「もう少しだよ」と答える。 斜面を横に上がったり下がったりしているうちに、いつのまにか権田山の山頂。初めて南斜面と南に拡がる海部山系の山々が目に入る。
権田山の山頂からさらに西へ10分ぐらい下るとようやく見えてきた。時刻は15時を回っていたように思う。林道の崩壊で登山路が倍になったことで、全員がブナの森を見ることはできないかもしれないと思ったが、なんと、いちばん脱落しそうなまさくんも自分の足でたどりついた。うれしいできごとだ。姉のりさちゃんは、野生児のごとく、ブナに上がりだした。なかなか降りてこない。彼女が山を歩く感性はいい。どたばたせず、息を切らすことなく、なにげなく歩いているけれど、ぼくの後ろを少し離れてぴたっと付いてくる。足取りは今回の参加者のなかでもっとも軽やか。彼女は山を楽しむ感性を持っている。
ブナの根本から少し離れて遅い弁当を食べ、さっそく下山する。トラバース道から平坦な森を抜け、尾根を下り始めた頃、まさくんが石につまずいて足を挫いてしまった。彼の顔が苦痛に歪む。その表情には心が痛むけれど、触ってみたところ、骨には異常なしとぼくは判断した。でもこれから始まる急斜面をどう下る?
そこで、大人の男二人で、上からはロープでまさくんを確保し、下からは、足場を確保したうえで、まさくんの手を引いて降りるようにした。時間はかかるが慌てることもない。急斜面はせいぜい10分。そのあとは、おぶっていけばいい。
クルマのあるところまでは、1時間半もかからないだろう。歩きやすい林道だし、山慣れしている3人は、明るく長寿命のLED懐中電灯を持っている。まさくんは足が痛いはずだが、泣き面ひとつ見せず、林道の途中からは元気に歩いた。よくがんばったな。クルマのところに付いたのが19時過ぎ。それでもまだ周囲は明るい。 クルマで半時間ばかり下ると、木沢村の第三セクター四季美谷温泉がある。ここで入浴する人、食事をする人に分かれて充電した。いい施設だと思った。接客の女性に笑顔があって和ませてくれる。この辺りの山にはクマが三頭はいるという。 ぬるめの心地よい温泉で息を吹き返し、それぞれの岐路に付いた。疲労感はまったくない。やわらかい土が膝にかかる衝撃を和らげてくれたからだろう。 (登山日 2003年6月8日) ▲戻る |