南四国エコツーリズム 「南阿波海部の新しい波〜エコツーリズムにる地域づくり」 
 はじめに
  
 海部(かいふ)郡は、徳島県南部の海岸線に連なる東経134 度30分、北緯33度40分付近を中心に、北から、由岐町、日和佐町、牟岐町、海南町、海部町、宍喰町の6つの町からなる。温暖な海洋性気候に包まれ、年平均気温16度以上、年降水量は平野部で2,500o〜3,000o、山間部では3,000oを越えて4,000oに達する全国でも有数の多雨地域なっている。

 海部山地を潤した雨は、日和佐川、牟岐川、海部川、宍喰川などの流れとなって黒潮洗う太平洋に注ぐ。いずれの川にもダムはなく、山のミネラルがそのまま海に届く。なかでも海部川は、そのコバルトブルーの水の美しさに魅せられて訪れる人が絶えない知られざる清流である。

 阿南市南端の蒲生田岬(かもうだみさき)から室戸岬に連なる四国東南部の海岸線は、室戸阿南海岸国定公園に指定され、海の色が千変万化しながらきらめく眺望のすばらしさは想像に絶する。白砂青松の渚とリアス式海岸が交互に現れながら百キロ以上も続く海岸線は日本でも希有である。宍喰町を越えると国道55号線は、左手に太平洋、右手には山が迫る真っ只中を室戸岬をめざしてひたすら走り抜ける。ここでは空と海の境はない。

 千二百年の昔、空海が密教の修行のために地の果てを訪れた。その足跡が四国八十八ケ所巡礼となり、歩くお遍路さんの姿とそれをもてなす人々の関係として脈々と受け継がれている。

 豊かな恵みをもたらしてきた海部の海であるが、漁獲高は年々減少を続けており、漁業後継者に希望が持てない。他にこれといった産業のない海部郡の人口は減少を続け、人口の約3割が65歳以上という高齢化が著しい地域となっている。その一方で、この地域に魅せられて移り住む人たち(Iターン者)も少なくない。

 そうしたなかで、1997年と98年には関係者の努力により、プロサーフィン世界選手権大会が海部郡と接する高知県東洋町の生見海岸で開かれ、国内外から多数の参加者と観客がこの地域を訪れた。世界的な波とも評される海部ポイントや生見海岸では、一年を通して波と戯れるサーファーの姿が絶えることはない。

 太平洋岸の南東部に面した海岸は背景に山を持ち、冬の北西風をさえぎる。こうした自然条件を備えた地域として、宮崎の日南海岸、伊勢志摩から南紀に至る海岸線、伊豆・下田の海岸線、房総半島南部などは、いずれも大都市圏の手頃な避暑地や冬の訪問先となっている。

 1998年4月には明石海峡大橋が開通し、四国東部と京阪神が最短ルートで陸続きになった。そのため、淡路島経由で阪神方面からの短期滞在の観光客が増加している。その追い風に乗るべく、リゾートホテルの「ホテルリビエラししくい」(宍喰町)、宿泊交流施設の「遊遊NASA」(海部町)、オートキャンプ場の「まぜのおか」などが相次いで海部郡内にオープンした。受け入れ施設の整備が進みつつある今、青い海や清流がもたらす心の癒しを求めて京阪神から訪れる週末の訪問先として、室戸阿南海岸は俄然注目を集めるようになった。

 世界観光機関(WTO)によると、1997年の世界の観光客の総数は6億人を越え、観光収入では、4,480 億ドルに達した。これは1996年と比べると2.9 %伸びている。また、国内の観光産業の規模は20兆円を越えるともいわれる。運輸大臣の諮問機関である観光政策審議会の答申(1995年)では、観光産業を21世紀の基幹産業と位置づけている。いまや観光は、世界最大の民間産業である。

 こうした状況に鑑み、社団法人中小企業診断協会徳島県支部では、南阿波・海部観光商業活性化支援委員会を準備し、調査を行うとともに診断士の持つマーケティング的視点から海部郡の観光商業のあり方を提案させていただいた。従来の定量的評価だけでなく、感性──実際に肌で感じたこと──も評価に盛り込んだ。

 環境破壊が深刻化するなかで人々が心の安らぎを求めている。一方で国家財政は破たんの兆しをみせ、地域主権、地域の人たちによる自主的なまちづくりの必要性が叫ばれるなかで、自然との共生、持続的な地域づくりは暮らしの最優先課題となってきた。「自然を活かす」のではなく、「自然を殺さない」発想、エコツーリズムに代表される新しい観光の流れを地域経済の循環に組み込み、そのメッセージをわかりやすく発信できたとき、自然を求めて人々が交流する未来の南阿波のイメージが浮かんでくる。従って私たちがここで定義した活性化は、環境保全と地域経済、地元住民と訪問者などの対立するように見える要素や利害を調整するコーディネーターとしての提言であり、その主体はあくまで「海部人」である。

 海部人とは、海部郡のことを考え、実践していく地域の人たちであるが、行動指針となる理念(目標)をすべての人が共有する必要がある。この報告書ではその方向性を示すとともに、限られた時間の中ではあったが、可能な限り具体的に示すことに力を注いだ。個別の問題点や改善策については、必要があれば別の機会に支援をさせていただければと思う。なお、この報告書の表題を「南阿波・海部」としているのは、顧客の目と地域からの発信という2つの視点を融合させるためである。

 本事業は、(社)中小企業診断協会経営戦略工学研究センター(マスターセンター)の平成10年度の補助事業として実施したものである。さらに、地域で生活する人々をはじめ、行政や業界の関係者など多くの方々のご協力なしにはこの大きなテーマにとりかかることはできなかった。報告書が有意義な果実となったかどうかは不安であるが、海部郡や四国東南部の真の意味での「活性化」を祈念しつつ、皆様に厚くお礼を申し上げるものである。

                            平成11年1月

(社)中小企業診断協会徳島県支部                        「支部における調査・研究事業」委員

          中小企業診断士 平井 吉信(統括責任者)

          中小企業診断士 向井 眞一

          中小企業診断士 長尾 昌明

          中小企業診断士 木村 義次

          中小企業診断士 山中 敏行



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