新日本紀行 冨田勲の音楽

新日本紀行〜冨田勲の音楽

 新日本紀行は、昭和38年から57年までの18年間続いた番組で、制作本数は794本。当初は全国各地を訪ね自然と風土、行事、風習などを紹介する番組だったが、昭和44年頃から、地域に根ざして生きる人々の姿を描く「紀行ドキュメンタリー」のスタイルを確立していった(NHKアーカイブスより抜粋)。
 
 終戦から立ち直り、オリンピックを成功させた日本は高度経済成長期に突入。農山村漁村から都市へと夢と憧れを持って若い労働力が提供された。がんばれば報われると信じてがむしゃらに働いた人たち。国を背負うという気概が一人ひとりに感じられた時代だった。

 一方で地方の第一次産業や伝統的な地元商工業の担い手たちは発展から取り残される。地元に残れば生活は苦しいが、都会へ出れば故郷を捨てることになる。輝かしい発展の影でかけがえのないもの(人々のつながり、家族の絆、ふるさとの自然…)を失っていく日本。けれど、灰色のスモッグの空の下で汗を流し、腰が曲がっても田んぼに通う人々の積み重ねのうえに今日はある。この番組が大好きで欠かさず見ていた小学生のぼくは何を感じていたのだろう?

 この番組は、冨田勲のテーマ曲と切っても切れない。「新日本紀行/冨田勲の音楽」と題されたCDに収録されている新日本紀行のテーマは1994年の新録であり、番組で流れていたオープニングをさらに透明な和声と重厚な響き、大友直人指揮東京交響楽団の演奏を持って鮮明に再現したもの。番組冒頭の映像とともにホルンの咆哮で始まり、ときを刻む拍子木、意思を込めた低弦の響き、木管の移ろいゆくなか、悲哀と希望が明滅しながら音楽は進み、和声は問いかけたまま終わる。この時代の日本を表現した音楽ではないか。
 このほかにもジャングル大帝のオープニングテーマ、重厚かつ絢爛なNHK大河ドラマのテーマなどが収録されている。歌入りも何曲かあり、リボンの騎士をうたう元宝塚トップの大浦みずきがかっこいい。

 CDの最後は「青い地球は誰のもの」(ひばり児童合唱団)で締めくくられる。「青い地球は誰のもの」の問いかけが、かたちを変えながら繰り返される。地球温暖化の深刻さは、現象そのものよりも、事態を知らない、そして現実を直視して行動しようとしない人たちが多いことにある。この曲は、21世紀の地球への箴言のようだ。救いようのない事態に陥っている私たちに、宇宙空間に魂だけとなって還っていくような至福の瞬間を与えてくれる。
 
 録音は鮮明で硬質に聴こえるが、質の高い再生装置でかける(またはスピーカーに近づいて聴く)と、浮かび上がっては消える水紋のように音の動きが見える。

 一度、オーディオ専門店の店頭でデンマークのディナウディオ社のスピーカーを聴いたとき、決して派手さはないが透明感のある艶やかで立体的な音空間からコンサートホールを彷彿させる再生音が聴かれたことがあった。このCDの録音がそんな音調である。英デッカが近代の管弦楽で見せる色彩豊かで華美な響きとは違う、ほの暗く硬質ななかに無限の移ろいが見える。端正でありながら、音楽が尖りすぎることなく、ニュアンスの豊潤とでも形容したい彫りの深い音像を提示する。

 BGMのように気軽には聴きたくない。気が向いたときに何曲かを選び(アルバムだからといって全曲聴き通さない)繰り返し浸ると、脳が極限まで動かされて静かな余韻が残る。

 このアルバムでは生オーケストラが主役であるが、冨田勲といえば、シンセサイザーを忘れることができない。1974年のデビュー作月の光は世界的なベストセラーとなった力作で今日でも光り輝いている。ドビューシーでも旋律志向の曲が使われているということもあるのだろうが、あのドビュッシーが微笑んで聴き手に近づいたかのよう(不謹慎な言い方をすれば、極上のムード音楽)。眠れない夜に聴いてみてはどうだろう?


[収録曲]
  • 新日本紀行〜日本の素顔
  • ジャングル大帝
  • 勝海舟
  • 文吾捕物絵図
  • 学校
  • 蒼き狼の伝説
  • 国境のない伝記
  • 二つの橋
  • リボンの騎士
  • 花の生涯
  • 天と地と
  • 新平家物語
  • 徳川家康
  • 決断
  • 多様な国土
  • 青い地球は誰のもの

HMVでは、輸入盤の冨田勲が廉価に入手できる。音質もいい。

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