「吉野川を食べる」〜焚き火談義録
 「吉野川を食べる」焚き火談義録

場 所   吉野川第十の堰北岸
日 時   1997年11月22日夜(前夜祭)
ゲスト    野田知佑(カヌーエッセイスト)
       林政明 (「あやしい探検隊」料理人)
       熊谷栄三郎(釣りエッセイスト)
       岩本光治(「虎屋 壺中庵」主人)
       案内人  姫野雅義(吉野川シンポジウム実行委員会)
 主 催  吉野川シンポジウム実行委員会


 
 環境変われば味変わる

姫野/
ゲストの皆さんを紹介します。渓流釣り人、熊谷さん。その次はご存じ野田知佑さん。それからリンさん。さらに、今日の芋煮を作ってくださった岩本さんです。そのイモは第十堰の対岸の佐野塚地区で取れたとびきりのジイモ(サトイモ)です。早速リンさんという声が出ました。

林/
やっぱり、日本中の川のきれいな時を全部知っている野田さんからですよ。ぼくも野田さんの話を聞くのが楽しみでキャンプに行くんですよ。

野田/
仕事の関係で三日前から徳島に来てるんだけど、この下(第十堰北岸)に澄んだ水たまりがあって、そこに大きな魚がいるんですよ。ソウギョだと思うけど…。明日は捕まえよう。小さな水たまりだから取れるよ。吉野川は河原が広い。例えば利根川は川は大きいけど、河原がないし水も冷たいから遊べない。遊ぶのなら西日本の川。そのなかでも広い河原で自由に遊べるのは吉野川しかないでしょう。たくさんテント張ってもどこにいるかわからないし、誰からも見られない。もう日本にはこんな川はないですね。カヌーを漕いでみたけど、水がきれいで魚が見えて気持ち良かったな。水温はまだ13度℃あるから落ちても死ぬようなことはない。来るたびに見直すんだよね、この川。魚が取れるし、テナガエビも取れる。夜その辺りでライトを照らしてごらん。テナガエビの目が光るのが見えるよ。小さな網で後ろからすくうんだよ。二〜三尾でいい出汁がとれる。キュウリを入れて醤油味でちょっとおもしろい味のスープになるね。みんなで食っちまおう。

林/
今日の野田さん、何かおかしいよ。料理の解説までやってさ(笑)。でも役者が揃ったね。岩本さん、どうぞ。

岩本/
吉野川が海に流れているから、徳島沖の魚がおいしいんですよ。可動堰ができれば魚の味が変わってくるだろうと思います。料理は素材を味わうことがすべてですから、何が大切なのかを考えてほしいですね。

林/
いい自然があればいい素材があるってことですね。東京に行けば何でも素材はあるけど、それは冷凍だから。こっちへ来てスーパーへ行ったらシャコを安く売ってたから買って食べましたよ。

岩本/
高級な素材でなくてもいいものがたくさんあるんですよ。それを見つけて楽しむことから自然の奥深さをわかってもらえたら…。そこが原点ですね。一度壊すと自然は戻らないですから環境は大切ですね。

林/
料理雑誌に吉野川の魚介類の旨さを書いたらおもしろいですね。

岩本/
なかなか素材の良さがわかる人が少ないです。自分で納得して素材を探さないと、なぜ美味しいのかわからない。

林/
こんなすばらしいところに建設省の可動堰ができたら、そんなものはなくなるでしょうね。

岩本/
環境変われば味は変わります。山から滋養のある水が来なくなれば、そうなるでしょうね。

林/
それは徳島県にとって大きな損失ですね。こんなうまいもんがあるんだから。そんなふたりの料理人の話ですが…。

熊谷/
渓流を三十年。九州から北海道まで行きました。四国はいいところです。人に教えたくないくらい、四国が好きです(拍手)。四国では岩本さんと歩いていますが、彼は吉兆の生え抜きの料理人だから、山奥に吉兆連れて歩いてるんだと自慢しています。私たちは釣った魚は何でも食べます。釣った魚を逃がしてやるのは偽善の行為で、ほんとうは大事に思ってないんですね。私たちはよく「道草てんぷら」をやりますが、たいがいの野草は食べられます。なかには、実においしいものがあるんですよ。食べるまではそれが大切なものとは思えないんですね。ところで、山奥へ行くと、堰堤で区切られた川では魚は滅んで、最後は堰堤の下だけになります。堰堤だけ釣って歩く人を「エンテイテイナー」と呼んでいます(笑)。川は絶対区切らない方がいいです。

 先人の知恵に思いを寄せてリンさん歌う

林/
ほら、そこに食べられそうな草、「食べられ草」だ、とか「食え草」だとか…(笑)。野田さん、歌をうたっていいですか。

野田/ちょっと待ってくれ。ハーモニカやるよ(拍手)。

林/じゃ、「人民の酒」がいいですか。これは野田さんが青年の時によく新宿の歌声喫茶で歌っていた唄の替え歌です。

 人民の酒 焼酎は
 安くてまわりが早い
 焼酎よ 高く起(た)て
 そのかげに涙あり
 一級酒 さらば去れ
 我らは焼酎守る

 人民のおかず コロッケ
 安くて栄養満点
 コロッケよ 高く起(た)て
 そのかげに涙あり
 メンチカツ さらば去れ
 我らはコロッケ守る

 徳島の誇り 吉野川
 流れを止めてはならぬ
 吉野川 いつまでも
 その姿悠々と
 建設省 さらば去れ
 我らは吉野川守る

 先人の知恵 第十の堰
 わざわざ壊すことはないぞ
 第十堰 いつまでも
 その姿あればこそ
 建設省 さらば去れ
 我らは第十堰守る(歓声と拍手)

 ぼくも渓流釣りをします。東北や奥多摩によく出掛けるんですが、餌の川虫を現地で調達します。ところが多摩川では川虫が取れなくなった。秋川も林道が出来て川虫が棲む石が砂に埋まりました。平井川が最後の砦だったんですが、そこも三面張りでエサが採れない川になった。その時渓流釣り師は何も言わなかった。だからぼくは渓流釣り師の看板を下ろしました。だまってたら、日本中がそうなっちゃう気がします。すごく悲しいですよ。俺が子どもの時に泳いでいた多摩川なんか、汚い水が流れてる。何だか悲しくてね、フンといって川なんか見ないですよ。まだまだ吉野川には魚がいるけど、がんばらないと東京の川になっちゃう。(消え入るように)野田さんから何か言ってください。

 建設省の圧力に屈しないこと

野田/
長良川河口堰に反対した時、我々が「河口堰ができたらこうなりますよ」と言ったことは全部的中した。建設省はそれを絶対認めないし、その上に嘘を重ねています。先月号の月刊現代に建設省の広告グラビアが載っていますが、明らかな嘘を書く。よくヒトラーがやった手なんだけれど、大きな嘘も堂々とやればみんな信じる、それと同じです。
 長良川河口堰では、河口ダムと言うべきだな、建設省は嘘の上に嘘を重ねて、さらに反対する市民を脅すんだ。長良川河口堰反対運動をした時、サラリーマンは上から圧力がかかった。「やめろ」って。サラリーマンは頑張れなかったんですよ、圧力がかかるから。恫喝、恐喝、脅し、無言電話…。建設省はありとあらゆることをしましたね。建設省は長良川で何をしたかを本に書こうって話があるんですよ。
 八割の国民は政府を信じたいんです。まさか、自分たちが養っている政府が、選ばれた優秀な官僚が、こんな悪質な、劣悪な、程度の低い嘘をつくはずがない、そう思い込んでいる人が八割いるから、彼らはやっていける。そうでなければ虐殺されてる。ほんとうにひどい。こういう役人を我々の税金で養っている。もっと怒らなければいけない。最近俺は建設省の役人に会うのが怖い。自分を抑制できずに殴り殺すんじゃないかなって。よく夢の中で暴れてるんですよ。 
 これがアメリカだったら僕は無罪になるんじゃないかな。アメリカの裁判はそんなもんです。日本ではそうならないから極力抑えてるんだけど、我々もいろんな圧力、嫌がらせを受ける。へっちゃらなんだけど、しゃくにさわるんだよな。俺たちが税金払って養っている役人が意地悪をするのはむかつく。
 この数日第十堰で過ごしたけど、いろんな人が見学に来る。建設省側みたいな人間がカーテンをした車でやってきた。それだけ第十堰が注目集めてるんだな。これからが正念場でしょう。
 今朝、姫野さんとFMの番組に出たんだけど、この県はマスコミが応援してくれるから心強い。僕の郷里の熊本では、今年、五木村のダム工事が始まった。細川内ダムと同じように何十年もダム闘争をしていたのに、木頭村は勝った。
 考えてみると、木頭村より条件はいいはずだった。五木村というと日本一有名な村でしょう。何かやろうと思えばできたはずだ。馬鹿な村長はダムによる村おこしを考える。努力しないで金が入るからね。それが一番簡単だと。そうでない村おこしをやりたいから藤田村長は苦労してんのね。我々が反対運動した時も五木村の人は動かなかった。五木村を流れる川辺川は、九州で唯一カヌーができる球磨川を生かした川で、あの大きな支流が流れ込むから球磨川は存在できた。あと三年で球磨川の川下りはできなくなる。残念だね。
 木頭村が勝ったことは、我々にとってこの何十年間で一番うれしい事件でした。建設省の連中に言わせると、徳島で二連敗はできない、が合言葉だそうだ。そんなくだらないことをつぶしてしまおう。まわりの人五人ぐらいに声をかけ、シンパにしてください。またその五人が声をかけてね。来年また暖かくなったら集会やるんで、その時はこの河原を埋めて、もっとおもしろいこと、楽しいことやりましょう。

 川を住民の手に〜広げていきたい人の輪

姫野/
建設省は今年はかなり動いたんですよ。春先に県知事が「可動堰がベスト」と発言し、それを皮切りに、県議会、市議会、商工会などの団体が可動堰促進決議をやり、つい最近も千人規模の決起集会をしました。これは全国どこでもやっているセレモニーです。地元が賛成している、いろんな団体が賛成している、建設省はごり押ししてるんじゃない、民意を受けてやっているんだと隠れ蓑にする。
 今が正念場ですが、危機感を持っているのは実は建設省なんです。行政改革で建設省の河川局が分離されようとする時に、全国の議会に圧力をかけて、河川局の分離に反対する決議をした。さらに建設族の議員が動いた。
 その結果、河川局の分離はなくなり、建設省、運輸省などを統合した公共事業を一手に引き受けるような巨大な組織ができようとしている。でも、もう国には金がない。ダムをつくるのにも場所がない。だから、河口堰を造ろうとしている。
 しかしこうした事業は生命財産を守るためにやってるんじゃない、造る理由がないということを国民がわかってきました。そういう状況で、方向転換さぜるを得ない。そのぎりぎりのせめぎあいが、吉野川河口堰です。細川内ダムに続いて、吉野川河口堰も中止になるかもしれない、だから建設省は必死になってやっているんですね。
 大切なのは、住民の考えが行政の促進議決と違うんだということを明らかにすること。お願いしたいのは、全国からその流れを後押ししてほしい。長良川、諫早湾と続いた愚行をやめさせる、その流れに吉野川を入れてほしいと思います。
  実は、十二月二一日には今回の集いの第二弾として、諫早で発言した菅直人が「第十堰を放置できない」というので、吉野川に駆けつけて徳島市内で集会をします。ぜひ来てください。

 水割りウィスキーのゆらぎ〜第十堰の秘密

 第十堰で見てほしいものがあります。それは堰の下流で見えるウィスキーの水割りのように水のゆらぎです。河口堰と違って第十堰は水を溜めません。堰の間を水が透過していきます。石の間を通過させて水を浄化する方法がありますが、きれいな水が堰下流に湧いている第十堰はまさにそれです。そしてその水が下流の汽水域の海水と混じるときに、水のゆらぎとなって見えるのです。これは、先人の知恵ともいうべき第十堰の秘密です。これからの川とのかかわりを考える時、自然と共生したお手本が第十堰なんです。そうですね、リンさん。

林/
何年か前に見た時に青い石が連なって水を分けている。これはすごい文化遺産だなと思いました。この文化遺産が壊されるのを徳島県人は黙って見てるのかと思いました。この文化遺産をぶっ壊したら徳島県人の恥かもしれない。自然とか川が好きな人間の恥です。
 だからぼくは、東京でこのことをみんなに話しています。修理すればこれからも大丈夫です。もしこの堰が青石で端から端まで覆われたら東京から人が来る観光の名所になるよ。壊すなんてもったいないと思います。

姫野/
今日のジイモを提供していただいたのは、この対岸の佐野塚地区の人たちです。可動堰ができるのはここから1.5キロメートル下流ですが、そうなれば、地下水が上昇して作物が根腐れを起こしてしまうんです。だから、地区を挙げて反対しています。そこで取れたいちばん美味しいジイモです。岩本さん、明日はどんな料理を考えていますか。

 素材の良さを生かす

岩本/
別に考えてません。つまるところ、吉野川がくれたものを料理すればそれでじゅうぶんですよ。それが自然の力です。人間が調味するのではなくて、持っている味を引き出してやるというのが一番大事なことです。

野田/
今日の塩味はよかったね。あんなにイモの味が出るとは思わなかった。

岩本/
イモがえらいんですよ(拍手)。最近は余分な味付けをしてしまって、これでもかこれでもかと味を重ねてしまう。そうすると、素材のよさがわからなくなる。塩味の場合、出汁は昆布です。鰹節を入れると塩味では持たなくなります。それぞれ受け止める旨みがあるということです。例えば、醤油を入れると、甘さが欲しいということで砂糖や味醂を入れる。そうすると複雑な味になって、イモの持ち味がなくなってしまう。そこが難しいです。

 ギギっと泣く魚〜みんなで釣りしようよ

姫野/
五月にリンさんが来てくれたとき、ギギをとってギギ汁を作ってくれました。ギキは刺されると痛い魚ですが、すごくおいしかったですね。リンさんは東京のFM番組でさかんに宣伝してくれてるんですよ。吉野川のギギ汁と第十堰を見るツアーを観光会社が企画しているようです。

林/
吉野川には夢がいっぱいありますからね。それを大事にしないともったいないですよ。(ギギってどんな魚ですか、の問いに)川の魚は野田さんに聞いて。

野田/
ナマズの親戚みたいな魚ですよ。少し赤っぽい…。

熊谷/
よく似ていますが、ギギの方がおいしいです。掴むとギギッて泣くからギギと言います。エラの両横にトゲがあるから注意が必要です。

岩本/
徳島のはハゲギギです。刺されても引っかくだけでアカザのように毒線はありません。ぼくは子どもの頃から掴んでいますけど、刺されたことはありません。釣るなら、エサはミミズでも魚の死骸でもいいです。徳島の川には多いですね。

野田/
来年の春、またやるけど、みんな釣り竿持って来いよな。川に来る時は釣り竿はマスト(必需品)だよ。釣ったらみんなで食べようよ。ギギ釣り大会やろうな(笑)。

林/
野田さんにギギって日本中にいるんですかって聞いたら、いるよって言うんですね。一つの魚が日本中同じ名前って珍しいんだよね。

 幻のヤマナシは何処に〜四国に眠る山の幸

野田/
この川はアマゴが釣れますか。

熊谷/
四国の川はどこでもよく釣れます。キノコにしても、本州にあるものは四国にあるんです。例えばマイタケは東北だけかと思っていたら、四国の山中、吉野川の源流にもあるんです。ひとつ皆さんに探してほしいのは、サルナシの実です。キウイの小型のような実ですが、樹はあるんだけど四国ではまだ実は見たことがない。日本の木の実で一番美味しいものです。

岩本/
シラクチカズラの実なんですよ。あの祖谷のかずら橋の材料となっているシラクチカズラに成る実です。ツルはあるのに実は見たことがないんです。

林/
北海道ではコクワと呼んでる実ですよ。

熊谷/
そうです。東北ではコッコの実といいます。京都から北にはだいたいあるんです。キウイと同じでオスの木とメスの木がありますが、メスの木にしか実は成りません。小さな粒で高い木に巻きついているのでよく見ないとわかりません。食べると鮮烈な味がしてすっごくおいしいです。

林/
もしかして、建設省とか営林署がみんな取っていったんじゃない?(笑)

熊谷/
四国はすごいところだと思います。今年の春は木頭村に行きましたが、アマゴをたくさん釣りました。それから三日ぐらいして亀井建設相が細川内ダムを諦めたと言ったので、藤田村長によかったですね、と電話したら、そしたら村長は、私たちは安心してないんです、いくら政治家がやめたと言っても後で役人がじわじわと盛り返すんです、と言われたんです。
 つまり、国は疲れないんです。役人は数年で入れ替わり立ち替わりですが、地元の人は何十年もやってるから疲れるんです。そして年老いて死んでいくんです。村の人だけではだめなんです。

 見ようとしなければ見えないもの

熊谷/
四国はいい。だれにも教えたくないんです。

野田/
ということをピーパルに書こう(笑)。

姫野/
でも吉野川にもダムはたくさんできて、それ以前とは変わりましたよ。

熊谷/
岩本君は釣りも上手だし、料理も上手い。宿でみんな寝静まると、遠慮してひとりトイレでうまい料理を作ってるんです。カメラマンの板東君も徳島の出身で、一緒に四国をまわります。民宿やホテルで台所を借りることが多いんですが、岩本君は、本能でどこに醤油がしまってあるかわかるんです。
 釣りも同じです。ここにアマゴがいると思うといるんです。キャベツに青虫がいても、ぼんやりみると見えないけれど、「あそこにいる!」と思ってみると見えるんです。それと同じように、役人は悪いことをしている、政治家はこんなことをすると思って見ないと見えてこないんです。色眼鏡をかけてみるのはよくないんですが、時々はそうしないとごまかされます。

姫野/
ごまかされるというのは身につまされますね(笑)。この第十堰改築事業もそうです。補修だと思ってたら、実態は河口堰の建設だったというのがあります。いつそんなふうになったのか、その経過がわからないんです。

野田/
長良川の河口堰は官製語なんです。実態は河口ダムでしょう。堰だとトーンダウンする。建設省がつくった言葉をマスコミがそのまま使うなと本多勝一は怒っていますよ。第十堰改築事業というのも、ごまかしが見え見えです。これは改築じゃない。今の堰を壊して何キロも下流に河口ダムを作るんだから。だから第十堰改築問題なんて言わないこと。一人ひとりが言わないように注意することです。
 数年前まではカナダでは先住民をエスキモーと呼んでたのを、イヌイットと呼ぶことにして直りました。ごまかし用語は使わないこと。

姫野/
聞いてるばかりではおもしろくないということで、誰か話したい人いますか。

 故郷をなくさないで!

参加者/
吉野川の見える病院で生まれて今は兵庫の明石で住んでいます。吉野川のハゼ釣りで釣りを覚えました。徳島に生まれて県外に住んでいる者として、しゃべります。徳島の水道水は、第十の堰の上流から取っていますが、有名なミネラルウォーターより徳島の水道水の方がうまいです。もうひとつは、徳島の郷土料理としてハイの甘露煮があります。ハイは相当汚れた水でも住めますが、うまいと感じて食べられるのは吉野川だけです。最後に一つだけ。徳島に帰ってきたと思えるのは、吉野川の橋を越えて眉山が見えたときです。私の故郷をなくさないでください。以上です。

野田/
いいなあ。

川の話 尽きることなく…

姫野/
オイカワを徳島ではハイと言います。徳島ではハイ釣りの競技会をやりますが、それぐらい人気のある釣りなんです。吉野川のハイは一番美味しいんですか? 岩本さん。

岩本/
お国自慢はわかりますが、素直にうんとは言えません。琵琶湖の淡水魚はおいしいです。琵琶湖は深いから、コイもタイのような色をしているんです。要するに淡水魚はその土地土地の特色が出ます。吉野川のような大きい川の魚は骨がやわらかい。小さな川は骨が固い。吉野川の寒ジャコの白焼きなんか最高においしいですね。汚れてくると脂が乗りすぎてきて嫌らしくなるんですが、吉野川の場合、穴吹川などの支流が多いのでバランスは保たれています。一級品とは言えますね。

熊谷/
彼の舌は川による微妙な魚の味の違いを見分けます。料理人の基本は舌みたいで、彼は煙草も吸いません。ひとつ笑い話をしましょう。岩本君が徳島のある村で釣りをした時、林道の終点に車が止まっていて、女の人が寝てたんです。小さな谷で釣り人が一人入ると釣れないから、この人の旦那が釣りをしているのかな、と思って尋ねました。ところが運転席の戸を開けると「苦しい」と這いだしてきた。足元には睡眠薬が転がっている。自殺未遂だったんです。そこで彼が走り回って命を助けた。警察から表彰されましたが、その賞品に延長コードが贈られた。なぜかなって彼と奥さんがしばらく考えた。そうか、人の命を延長させたから延長コードかと(笑)。
 山、川へ行くといろんな話があります。それが人の生死にかかわるとしみじみします。戦前の推理作家に森下雨村という人がいます。東京から、生まれ故郷の高知に帰って釣りばかりして暮らした人です。「猿猴川に死す」という、おそらく絶版になっている本があります。この人の文章はしみじみとしたいい文章です。猿猴とは釣り好き、河童という意味なんです。河童のようにすばしこい投網の名人だったエンコウというあだ名の爺さんが、子どもが溺れているのを見て助けようとして川に飛び込んで頭を打って死んでしまったんですね。やさしい心根の中に釣り三昧があった。四国ってすばらしい処ですね。

姫野/
川って奥が深いですね。ところで、ゲストが一人いなくなったと思ったら、焚き火のそばにいますよ。リンさんが向こうで呼んでいますから、焚き火の傍でやりたいと思います。

              ◇            ◇           ◇ 
 
 全国から百数十人が泊り込んだ前夜祭は、岩本さんの芋煮で始まった。主役を生かしながら名脇役に徹した塩の風味は、言葉をなくす程であった。最初の一口で旨いと感じる味はだめだそうで、じわっと温もりが効いてきたと評する参加者もいた。
 主役は佐野塚名産のジイモであるが、こんな簡単な料理なのに、素材をつくる人、それを料理する人の心が伝わってきた。
 焚き火談義は、四人を中心にそこに居合わせた人たちが、饒舌でもなく、寡黙でもなく、焚き火を魚にウィスキーや酒をまわし呑みしながら、それぞれの思いを淡々と語った。テントが飛ばされそうな風が猛烈に灰を舞いあげる。野田さんは懐からハーモニカを取り出し、唱歌を何曲も吹いた。その音色は川面をたゆたいながら堰に届いたことだろう。それぞれの心で音色を受け止めながら集い歌う。
 ヘッドランプの灯を手に、堰へ下りていくと、たくさんのテナガエビがいた。昼間、見た人がこれほど水が美しいとは、と感激していた。水に入ればさらにその思いが深まるだろう。
 透明な空気を突き抜けるように南中したオリオンが燦々と輝く。風は強いが、星はそれほど瞬いていない。「明日は風が止みますよ」と岩本さんがぽつりと言った。こうして前夜祭の夜は更けていった。

(編集文責/平井 吉信)