仁淀川紀行 その一


高知県の四万十川が今日に知られるようになったのは
1983年に「日本最後の清流」として放映されたNHK特集がきっかけといわれる。
以来、それが四万十川の代名詞となった。
その後、知事となった橋本さんも四万十川の保全に力を入れるなど
流域が一体となって観光振興と環境保全を図ってきた。
私ももう二十年通っている。ときどきカヌーをするけれどそれが目的でもなし。
ただこの川の佇まいと風土に惹かれている。
四万十川の水質は抜群とは言えないのだけれど、
中流域の穿入蛇行(せんにゅうだこう)や山裾を洗う下流のゆったりした流れは
まさに日本の桃源郷。
日本最後の清流とは、変わることのない風土とそこでの営みを記号化したものだろう。
名護屋沈下橋 彼岸花と最下流の沈下橋

そして今年度、NHK高知放送局は「仁淀川 〜知られざる青の世界〜」を放映した。
不純物の少ない仁淀川の水に投影された青をテーマにしたもの。
まず、鳥のさえずりとともに湿潤な森が映し出され、
一滴の滴が葉っぱを交互に落ちて最後は川へぽとりと。
たどりついた先に水晶のような水底。
鉄砲石川の岩盤を滑る水
場面が切り替わって、山々と空に囲まれた浅瀬の水が碧い淵へと続く先に「仁淀川」の文字が浮かび上がる。
カメラは再び水中の紺碧を映し出し「仁淀ブルー」と刻む。
川ガラスが飛び込んだ姿が青に反転、太陽を受けて虹色に輝く氷、河口の透明なチューブへと続く。
生命のきらめきをオープニングに閉じ込めた。
NHK高知放送局、やったな。
浅尾沈下橋と鎌井田の瀬
「日本最後の清流」(四万十川)は里山の大河を感じさせる打ち出しだったが、
仁淀川は水の営みを最新の映像機器を駆使して詩的に切り取った。
「仁淀ブルー」は水の根源的な生命力と純度の高い透明感の代名詞。
番組は好評で全国でも再放送されている。
さらにこの映像を再編集し、
流域の人々の営みを織り交ぜて新日本風土記「仁淀川」が第2弾として全国に放映された。

この映像がブルーレイになりました。



その番組放映の翌日(10月1日)に現地を訪れた。
徳島を出たときは雨だったが、高知に入ると青空が広がった。
仁淀川は少し前の大水で苔は流され、石が流れに洗われて色とりどりに揺らめいている。
鎌井田の下流の瀬
仁淀川といえば忘れられない書籍がある。
まずは、釣り文学の傑作といわれる高知出身の森下雨村のエッセイ集「猿猴川に死す」。
この本には、かつて吉野川上流に「八畳の滝」(おそらくダムの底に消えたのだろう)という
静謐なまでの山峡の絶景があり、そこで出会った少年とその父親の凛とした暮らしに打たれた様子が書かれている。
仁淀川では中流の辺境の地、鎌井田の瀬での鮎釣りに安らぎを見出しているのだが、
木訥だけれどもあたたかい集落の人々との交流を交えて描かれた情景は、
半世紀以上を経た現在の仁淀川への郷愁をかき立ててやまない。

瀬から淵へ 神秘と静謐さ

次に仁淀川の川漁師・宮崎弥太郎さんを取材した「仁淀川漁師秘伝―弥太さん自慢ばなし」。
川漁師の鋭い観察眼と魚との駆け引きが仁淀川の本流・支流で繰り広げられる。
こんな本、他の川では見つからないだろう。

そして今回のNHKの「仁淀ブルー」を記録した写真家・高橋宣之の1996年の写真集
「美しい川 土佐・仁淀川の四季」。
この写真集は伊野町制100周年を記念して小学館と共同制作されたもの。
小説「仁淀川」を記した宮尾登美子のエッセイ「仁淀川と暮らした20年」も寄稿されている。

土居川のシャクリ漁 土居川のシャクリ漁

森下文学の傑作である「猿猴川に死す」は長らく廃刊になっていたが近年復刻された。
川漁師の宮崎弥太郎さんは惜しくも2007年6月に亡くなられたが、
前述の書籍は中古ならまだ手に入る。
高知にはなぜかこうした日本の原風景を閉じ込めたような人がいる。
高橋さんの「美しい川」は今回のテレビ放映後、全国から復刻の声が上がっていると思われるが、
現在は中古でも入手は難しい。
しかし地元にもしや残っているかもしれないと役場の総務課へ連絡を入れてみたところ、
なんと「ある」とのこと。
とても感じの良いご担当者の計らいで、現金書留によりご送付いただいくことができた。
ただしこの写真集は十数年前のものだから今回のNHKで取り上げられた写真は収録されていない。
高橋さんには全国から写真集制作の要望が届いていると考えられるので、
もしかしたら続編の発刊をお考えなのではないかと期待している。

ついに2012年の新作写真集「niyodo blue」が発刊されることとなりました。


池川地区 商店街の裏から釣りができる 池川の中心を流れる土居川

仁淀川との出会いは絵はがきからだった。
仁淀川の上流には面河渓がある。
幼い頃、祖父母が旅行のみやげに買ってくれたものだが、「面河渓」はもっともお気に入り。
百円と記されたその絵はがきには人工的な匂いがなく、いまもときどき取り出しては眺める。
行きたいと思いつつも初めて訪れたのは二十代になってからだった。

四国は川の国、四国の川を見つめることは四国の原点を見つめること。さらに仁淀川と付き合ってみたい。 
久喜の沈下橋(仁淀川最古) 久喜沈下橋 アーチ型が特徴


追記
仁淀川は日本一美しい水質と打ち出されているが、
その根拠はBOD(生物化学的酸素要求量)の値が少ないことによる。
水質を表す指標はほかにも「浮遊物質量」「溶存酸素量」「大腸菌郡数」などがある。
ただし人の感覚は数値化されない領域で差を感じる可能性があり、
本流と支流にダムがある仁淀川ではその影響を感じる(ダムのない海部川、野根川と比べたら五感でわかる)。

それでも仁淀川は河口までの平均的な水質では全国トップクラスだと思う
(大河の下流の水質なら仁淀川に匹敵する川はなさそう)。
従って仁淀川の見どころは源流に近い面河渓谷から御三戸嶽。
中流に注ぐ中津川、土居川、上八川川(かみやかわがわ)などの支流。
本流では越知町、日高村・いの町を中心に中流から下流にかけてのゆったりとした流れかと。
樹幹にたゆたう仁淀川

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