「パソコン導入から事業仕訳へ」


 長く使い込んだパソコンを更新することにした。ネットワークにつながれた機器はWindowsXP・Proに統一してある。これまでシステム更新に踏み切れなかったのは、新しいOSで動くドライバーとアプリケーションの問題が解決できないからである。アプリケーションは新しいバージョンのWindowsに対応している版に買い替えれば良い(しかしメーカーが開発を止めたアプリケーションもある)。問題はドライバーである。
 ドライバーはデバイスドライバーともいい、パソコンに接続する周辺機器(プリンター、スキャナー、デジカメ、キーボード、マウスなど)を動かすソフトウェアである。これがないとつないだ周辺機器はパソコンからの指令に反応しない。
 私の場合は、キーボードのドライバーがWindowsXPで開発を止めてしまった経緯があるため、このキーボードを使い続ける限りOSを変更できない(しかも後継のキーボードは発売されない)。
 たかがキーボードと思われるかもしれないが、ある意味ではパソコンの性能よりも仕事の生産性を左右する。処理能力の早いCPU(プログラムを実行する中央処理演算装置)を使っていても、人間がキーボードを入力する速度に左右される。使っているのは「ニコラ仕様」に準拠した配列のキーボードで「親指シフト」とも呼ばれるもの。この入力方式では高速入力ができる。しかも力のある親指をフルに使うため、ローマ字入力と比べて指の負担が圧倒的に少ない(二十万文字もある文章を作成する人間の体験談である。人間は猿に起源するため、木の枝を掴むがごとく親指と4本の指をリズミカルに握るように使うこのキーボード配列は人間工学的にも無理がないといわれる)。また、日本語をローマ字ではなく日本語として入力できるため、日本語を重視する作家や編集者にはおすすめの配列である。
 しかし、このキーボードをつくっていた新潟県のベンチャー企業が製造を中止し、ドライバーのアップデートも止まっている。ドライバーの開発にかなりの人工=費用が必要で、開発が行われる見通しはない。

 そうしているうちにWindowsXPより2世代進んだWindows7が現れ、(どちらかといえば不評の)Windowsビスタを見送った人たちも導入を検討するようになった。新しいソフトウェアや周辺機器等の性能を活かすためには、Windows7は利用価値がある。
 熟慮を重ねた末、ノートパソコンの1台にWindows7を導入し、自己リスクで古いアプリケーションの動作やドライバーの動作を確かめたうえで、主力のデスクトップをWindows7機へと更新することにした。
 さて、Windows7を導入したノートパソコンは快調である。しかし一部のソフトウェアはインストールできなかったり、動作が不安定であった。無理にインストールするとWindowsの動作が不安定になることもわかった。これらは次のステップへの経験となる。実験してみると、Windows7対応をうたっていないアプリケーションでもかなりのソフトは対応可能なこともわかってきた。
 Windows7Proには「WindowsXPモード」がある。Windows7上の窓の中でWindowsXPが立ち上がり、Windows7に対応できないアプリケーションを「Windows7」のスタートアップからXPモードで使う。XPを自然体で使っているのに比べれば、XPモードは画面解像度には制約があるなど完全とは言い難いが、XPでしか動かせないアプリも使えることが実感できた。
 一歩進めれば、パソコンにWindows7とXPをインストール(デュアルブート環境)、または別のWindowsXPをインストールしたパソコンを、リモートデスクトップ(ネットワークにつながれた別のパソコンを遠隔操作)で動かすことで、WindowsXPでしか動かせないアプリケーションをWindows7パソコンでシームレスに動かせる可能性が出てきた。

 このように、XPからビスタやWindows7へ進化させるためには、相当の準備と検証が必要だが、簡単に導入を決める場合が少なくない。これには理解不足もあるけれど、販売業者にも責任があると思う。ある事業所では社長が出入りの業者に「できるだけ性能のいい最新パソコンを入れてくれ」のリクエストに対し、Windows7・64bit版の見積もりを持ってきたのには驚いた。
 話がややこしくなるが、Windowsには32bit版と64bit版があり、性能をフルに発揮させるには64bit版の導入も考えられる。例えば、画像や動画処理を本業とするコンテンツ作成業務などだ。これは、32bit版が3~4GBのメモリ搭載しかできないのに対し、64bit版ではメモリ搭載の上限が上がるからだ。メモリが大容量になれば、パソコンの動作は早く快適になる。
 しかし一般的な企業や個人の使用環境で64bit版が必要となる状況は少ない。例えば、Word、一太郎、Excel、PowerPoint、ブラウザーでWebサイトの複数タブ閲覧、メールソフト、画像処理系とこれだけのソフトを立ち上げたとしても(これは私にとって普通の状態)、WindowsXPと1GBのメモリで対応できている。
 さきほどの企業で64bit版を導入していたらどうなったか? 業務用の高価な会計ソフトが動かなくなるのは目に見えている。複合印刷機のドライバーが対応しておらず、高価なコピー機を買い替えるか、プリンターを買い足す対応になる怖れがある。問題は、パソコンを販売する業者が言われたとおりに提案しただけで、状況を斟酌できず導入のリスクを「想像できない」ことである。

 日本が打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」は次々と不測の事態が発生したが、地上からの指令で綱渡りの対策を次々と打ち出したところ、予定より大幅に遅れたものの地球の大気圏に帰還突入できた。このことは勇気づけられるできごとであった(事業仕訳と称して未来の夢をつむことの愚かさを見せつけたできごとでもあった)し、経験のないことを「想像すること」が大切であることを教えてくれた。
 話はそれるが、国の事業には「使命感」や「思い」のある事業と、「私たちのやっていることを世間にアピールしておくために、なんらかの大義名分を作文して予算消化しておく事業」や「貴重な血税を使って求められないお節介をする事業」があるようだ。後者は少額であってもカットすべきだと思われる。
 お叱りを覚悟でいうと「高速道路無料化」「子ども手当」「定額給付金」「地域振興券」など、選挙目当てに有権者にばらまかれる「にんじん」でしかないように思われる。そこに欠けているのは、どんな未来にしたいかという「思い」(理念)ではないだろうか?
 夢のある未来とは、夢のある未来をつくる過程に有権者が意思表示して関わることだと思う。例えば、納税の際にどの分野に貢献するかを一定の範囲内で納税者が意思決定できれば、納税もまた楽しとなるかもししれない(この制度では、納得性のない事業に資金が集まらない。いわば国民による事業仕訳ともいえる)。
 ばらまきに賛成しかねるのは、財政の悪化もさることながら、人口減少で歳入の減少が確実視されるなかで、大切な資金を薄く広くばらまくことによって、意識的に未来をつくる機会を逸しているからだ。「少しずつ我慢をしてもいいから未来の○○のために役立てたい」と考える有権者も少なくないだろう。そんな使命共同体のつながりが実感できる社会は来ないのだろうか。


 

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