「南阿波サンライン」


 無人の海岸線が約20kmにわたって続く。
 雨後にのみ現れる滝、日和佐のまちを見下ろす四国の道からの眺め。
 棚田と海がジオラマのような景観をみせる場所。
 名もない滝が海に直接落ちる地形。
 サンラインから海岸性照葉樹の森(魚付林)をたどって自分だけの渚を見つけられる。
 開けた明るい森の濃厚な野生の息吹。
 トレイルランの名所として。
 シーカヤックの一日探検として。
 牟岐大島と出羽島を遠景にみゆ。
 千羽海崖を越えて蛍の里へ出る小径をたどる。
 ―南阿波サンラインのたたずまい。

 京阪神から4時間程度で行ける場所でこんな場所はないと思う。それは、海、山、川が接近し、人家がほとんどなく、目の前がひらけゆく感覚でありながら、おだやかな内湾のようなのどけさもある。そんなサンラインを走るとうきうきする。クルマで走っても自転車で走っても生身で走ってもうれしくてうれしくてしようがないところ。
 魚付林は雑草が少なく歩きやすい。適当に目星を付けて道路から波打ち際をめざして下る。崖になっていて降りられないこともあるけれど、どうにかこうにか渚へ出ると、そこは自分だけのプライベートビーチ。特に海の透明度が上がる冬は、林間に見える深い青に吸い込まれそうになる。

 かつて千羽海崖にはロープウェイの観光施設が置かれていたが、いまは廃墟となっている。けれど、南阿波サンラインはシャガールのリトグラフのように影さえも光にあふれているよう。
 ここは観光バスで来るような場所ではないけれど、それは紋切り型ではない証拠。「観光地」とは、観光に行った経験を人に語る話題提供の手段で、絵はがきが頭にあると現地でがっかりすることが多い。だから「観光地」は自分で行くよりベストシーズンに最高の状況で撮影されたDVDを見るほうがいいかもしれない。
 南阿波サンラインは自分の足で立ってみなければわからない。ここは、シーカヤックやトレイルランなどさまざまな「アウトドア道場」(徳島県南部総合県民局発行「南阿波アウトドア道場」冊子参照)。そこでは無目的に挑戦する自分がいる。「何のため?」がなく「ただやりたいから」を生きる時間がどうしても必要。そう考える人には最高の場所となる。

 さらに足を伸ばして出羽島へ渡る。ここは一日六往復の連絡船がある。港が見えてくると水の色が違うことに気付く。港の入口には青い屋根の家が見える。かつてNHKで「遠洋漁業に出た夫が帰ってきたときに目立つように塗られた」との番組を見た記憶がある。港では海藻を広げている。島内にはクルマはなく、ネコグルマという手押し車で物資を運ぶ。集落は港の周辺のわずかな平地に集まっている。井戸や湿地を見ながらみせづくりの民家を通り抜けるとやがて登りに差しかかり、大きな岩がごろごろする渚へ降りる路となる。この先に、世界でも数カ所しかない「シラタマモ」の生息する「大池」がある。海と大池を隔てているのは、ごろた石の渚。適当な岩を選んで五月の陽光を浴びながら昼寝をすればほかに何が必要なんだろう?
 島の南端で折り返すと島の高い場所に灯台が置かれている。港の集落に向かって下りながら棚田にソテツと桜を見るのは新鮮。斜めの光に照らされて休校となっている丘の上の小学校のブランコにたたずめば、港はすぐそばだ。
 
 ある種のライフスタイルの人たちにとって、かけがえのない場所がこの南阿波サンラインと周辺地域だろう。


写真キャプション
「嵐の明丸海岸」…すべてを飲み込む波は濁色の塊。
「牟岐町の棚田」…観光ポスターにもなった棚田。サンラインから見える。
「サンライン第1展望台」…ここには空と海の境はない。
「海に落ちる滝」…雨のあとに出現する滝でサンラインに何カ所かある。2009年11月14日のできごと。
「大里松原の散策路」…集落を守る砂防林を歩きながら思索してみる。
「日和佐川のくじら岩」…大きな岩と渕、そこに流れ込む滝と流れる瀬。そして川で遊ぶ子ども。
「くじら岩」…くじら岩は観光パンフに載っていない地元の人だけが楽しむ場所。
「大砂海岸」…何事も起こらないおだやかな一日が絵のようで。
「母川」…湧き水を集めて川藻揺らぐ浅い流れをビーチマットで下ってみたら?
「出羽島の港」…海藻を干すおばさん。
「向かいあう出羽島の樹木」…太陽に見つめられて樹木は会話をする。
「大池」…世界で数カ所しか生息していないシラタマモは出羽島に。
「海部川」…年間降雨量3千ミリの山ふところから流れるミネラルヒーリング。
「海部川をカヌーで下る」…犬とともに水面50センチの視点を楽しむ。
「浜昼顔」…一つひとつが小宇宙。



 

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