「かたち」から風土へ
もし優秀な人がいたとします。ものごとの流れや人心を読み、的確に問題の分析ができて解決に向かって的確な行動が取れる。もちろん管理能力も高い。そんな人材を複製してひとつの会社をつくればどうなるでしょう。トップから経理部門、販売部門、仕入部門などの現場に至るまで統一した判断で動くブレのない経営ができるはずです。

ブレのない経営は、他社(取引先、顧客、地域など)から見て「あそこはこんな会社」というイメージが明確になります。現実は多種多様な考え方、能力の人がいるので数珠に糸を通すような「結い」の作業が必要となってきます。

イメージとそれが引き起こす行動について考えてみましょう。例えば、ポールペンを買うなら「○○、△△、×××」(ブランド名)が想起されて、それに基づいて購買を行うことになります。

しかしそこに想起されるブランド名は一般的に3つ程度らしいのです。各カテゴリーごとにブランドのイスとりゲームが人の頭のなかで行われており、そこに自社ブランドが残らなければならないということです。

そこで、ほかと明確に区別できるよう特徴を押し出すこと――差別化が行われます。性能や素材、効能などの本質的な差別化もあれば、提供方法やデザイン、コミュニケーションなどの差別化も含まれます。「こだわり」というのはその記号のようなものです。

上勝町に新装開業した「月の宿」のWebサイトで「月の宿物語」トップページには次のようにうたわれています。
「こうでなければならない」と信じ、あるべき姿を描いて行動すると、 それは「こだわり」と呼ばれます。でも「こだわることにこだわる」のは意味がありません。こだわることが目的となってしまって、なぜ、こだわるのかを見失っては無意味です。人をおもてなしする仕事で「こだわる」としたら、自分がして欲しいことを人にしてあげる―「おもいやり」でしょう。
「こだわり」を押し出すことは、どこか外向きのポーズ、マーケティングの差別化という感じがありますが、月の宿では、理想を実現させる方便と位置づけて取り組む静かな意欲が伺われます。

毎朝、朝礼で接客言葉や社訓を唱和する事業所は少なくありませんが、おすすめしたいのが「笑顔」の模擬。うれしくないときでも笑顔でいると、どことなく気持ちがほぐれてくるもの(笑顔のご利益は図り知れません)。かたちから入って無我夢中でやっていると、いつのまにかほんものになるという心理学の法則です(例えば「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」とする解釈)。こだわりを形式化し、それが定着して無意識の行動になることを期待するのが例えば社是やマニュアルの役割かもしれません。

このように「かたち」が精神に感化を及ぼすことが経験上知られているので、かたちから入るのが決して無意味ではありません。けれど惰性に流されてそら言になってしまう傾向があるため、自発的な行動に変わることを促すことが欠かせません。それを長年にわたって取り組んだ結果が風土です。ときどきは「なぜ、それをするのか?」を確認したり、後押ししたりする時間(外部研修や社内ワークショップなど)が必要です。「どこに立つのか」を経営者が決め、その場所を意識してスタッフにはブレることなく行動してもらい、それを積み重ねて中心領域を濃くする必要があります。

では、最初から経営目的に合う考え方、行動ができる人がいたらどうなるでしょう? 以前にもご紹介した「ビジョナリーカンパニー」では出発点として「適切な人」を得ることの重要性を説いています。一方で希望者を全員採用している企業もあります。これなどは風土ができているからでしょう。習熟段階によって通る道は異なれど、目的を実現させる方策であることには違いはありません。

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