「一店逸品運動の始まり」


 物販の小売店の経営が厳しい。新規開業の店があったとしても、女性による美容室、ブティック、雑貨屋、あるいは飲食店などがほとんどで物販店は少ない。若い人にとっては魅力に乏しい業種となっているのだろう。
 目を社会に転じてみると、高齢化が進展しているが、郊外型大型店は高齢者にとって快適ではない。
 そこへ行くまでの「足」がないうえ、売場が広すぎてどこに何があるかわからない。手押しカートがあっても疲れる。
 その一方ですでにたくさんの人が住んでいる中心市街地の再生は、既存インフラを活かすことで熟年者が住みやすい住環境を整え、コミュニティを形成することで高齢化社会における行政経営コストを効率化できる。中心市街地の活性化は高齢化社会の受け皿となりえる。
 そうなると商店街の小さなお店の活性化が欠かせない。その切り札となるのが一店逸品運動である。商店街の活性化としてアーケードの撤去や外観を統一するファサード整備などのハード事業を行う際、器に魂を吹き込むソフト事業として取り組みたいもの。ここ数回はこれを取り上げていく。

 一店逸品運動とは、1993年に静岡の呉服町名店街から始まった。JR静岡駅から徒歩10分。周辺には静岡市役所、赤十字病院などの公共施設が多い。核店舗として伊勢丹がある。
 1950年代後半に地上4階の共同店舗化を実施。車道5メートル、舗道5メートル×2の歩きやすい広々とした道路、都心並といわれる坪30万円の賃料、年間数十万円といわれる商店街賦課金などの条件下でも空き店舗がなく、にぎわう街区として知られる。
 一店逸品運動は1992年夏頃から企画を温め、独自の商品開発を行っていた鞄店の池田屋の池田浩之氏を中心に気の合う仲間同士で始まった。94年春には呉服町名店街(76店)を網羅した写真と解説入りの「逸品チラシ」が完成、商圏内に30万枚を配布した。街区には伊勢丹があるが、名店街と連携して共同販促等を行っている。

 一店逸品運動が注目されているのは、運動そのものが重要だからである。結果(共同チラシを打つなど)よりも過程が大切といってよい。商店主らが集まって、売りたい品をプレゼンしあい、互いにきたんのない意見を述べ合う。一城一国の主である商店主らは誇り高い。だから「批判されても気にしない」「建設的な議論を積み上げよう」ということを合意して始める。

 モノを売るには、源流から河口までの段階で吟味が必要である。いうまでもなくそれらの条件が揃って始めてモノは売れる。ところが中小小売店がそれをすべて手落ちなく行うのは至難の技である。

 そこで商店街のなかにある異業種の知恵、得意な知的資源を持ち寄るのである。いわばコンサルタントに依存しない、公的支援策に依存しない持続的かつ自立的な活動と言って良い。この過程を通じて商店主らの商売のセンス、マーケティングの感性が磨かれる。それはなにものにも代えがたい。
 専門家に依存しないと書いたが、離陸時(メンバー間で試行している段階)には専門家の支援は必要だ。そうしないと声の大きな意見に引っ張られてたり、大切な視点に気づかなかったり、あるいはメンバー相互の遠慮を越えられなかったりする。小さな成功体験を積み重ねて自信をつけるという意味でも良質の助言者は欠かせない。

 長年、商売をやってきたのだからその道にかけてはそれぞれの商店主はプロである。しかしプロだから生活者の気持ちがわかる、潜在的なニーズに気付いているというわけではない。自分にとっては当たり前の日常が、生活者にとっては驚きとなることがあり、それが商店主に対する深い尊敬の念や共感となることもある。とりわけ地道に手を抜かず堅実に営業してきた事業所は宝物にあふれている。ある意味では、隠れた「あるもの探し」といってもよいだろう。それを生活者に伝えてあげればどんなにかいいだろうと思うことは少なくない。

 事業所を訪問して思うことは、どんな事業所にもそんな宝があるということだ。
 例えば、まちの自転車店。この頃は地球温暖化を心配する人が増えて自転車が注目されているが、県内のある店に行ったときのこと。修理治具・工具が整然と並べられていて(製造業で5Sをやったひとにはおわかりだと思うが)、まるで工具を展示して見せているかのようである。工具を探す手間がなくなり、仕事の能率は格段に良くなるばかりか、見た目が美しい。「自転車が好き、修理が好きだから、お客さんがホームセンター等で廉価に買った自転車であっても面倒を見てあげたい」とおっしゃる。チラシをつくるのなら、店主の顔と壁に整然と取り付けられた工具を並べて「修理の好きな自転車屋です。よそで買われたお客様も遠慮なく持ち込みください。直してさしあげます。それが私の喜びです」などのような打ち出しをしたいところ。
 修理に来た人にていねいに自転車の品質や手入れ法などを営業トークではなく物静かに説明する。自転車には整備のノウハウがあまたあり(プロといえどもプロ間で能力差があるだろう)、ほんもののプロが手入れをすると見違えるほど快適になることもある。こうしてお客はいっぺんに店主のファンとなる。こうなれば、次買うときはあの店で、ということになる。

 もうおわかりのように、一店逸品運動はモノを通して店主の考え(経営の理念、姿勢)をわかっていただくことでもある。心の動きがあり、その流れに乗ってモノが売れていく。
 人口減少、所得減少、モノ余りの時代において、不要なものは半額でも売れない。その代わり必要と認めたら、高くても買う。だから、「説得して売る→納得して買う」の流れが必要なのだ。一店逸品運動はそのきっかけとなる。いずれにしても、テクニックで売るのではなく、理念を売るという感じである。具体的な実施等については次号以降で。

 

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