チャンスがピンチ、危機が機会へ


ある日、有利な投資機会がやってきた。相手先は大手優良企業で口約束でなく書面で取引契約を交わしている。当社の経営資源からは従来事業との相乗効果がそれほど期待できないが、この先、同様の受注に対応できる利点は大きい。将来性安定性とも高い投資だ。これを見送れば誰かが当社の代わりに乗っかっていくだろう。運命の神様の後ろ髪をつかむことはできない。思い切ってやってみよう。

投資したものの、予想できない突発的な事故が次々と連鎖反応で起こる。設備が重大な故障を起こす、事前によく調査したにもかかわらず思わぬところで法的規制が立ちはだかる、クレームが発生し相手方から契約違反を問われる、市場に有力な競合相手が出現する、相手先の突然の方針変更や経営破たんで返済を当てにしていた資金の流入が止まる。金融機関からの追加支援は得られない…。

チャンスに乗りかかって投資したら破たんへの道をまっしぐら。こんなシナリオは現実的にありうる。だからといって経営は水物というひとことで片づけてよいのだろうか?

危機は徐々に忍び寄る。それは数字に表れる。経常収支比率(流入、流出の資金繰りベースでの収支)、内部留保の減少(自己資本比率の低下)、総資産経常利益率(資本効率と収益性の積)の低下、在庫の膨張や各種回転率の低下、借入依存度の増大と債務償還年数の長期化、限界利益率および一人当たり粗利益額の低下…。

業種によって異なるが、主要な経営指標に必ず現れる。その転換点に気付かずに年月が経過するうち、健全経営に戻れなくなる地点まで踏み込んでしまう。

◆経営を航海に例えるなら、目的地のあるべき姿を示すのが経営理念

一隻の船がどんな乗組員を乗せて、どんな設備を装備し、どんなノウハウを携えてどこへ進むかを決めるのが経営戦略とすると、宝の山が航路をはずれたところにあることがわかったとき、どうするかである。これがまったくの逆方向ヘ向かうのなら話に乗ることはないのだが。

そうならないためにも経営理念の重要性は明らかだ。経営理念のなかでも、不変(普遍)の価値がある。それは社会へのメッセージだったり、会社のやるべきこと、してはならないことを示した「憲法」だったりする。航海に例えれば、行きたい理想の国はこんな姿をしていると記述している文章。それは燦々と光り輝いた理想郷だろう。変わらないから価値がある部分だ。

理念を実践する際に5〜10年単位の長期目標のような経営方針が存在して経営戦略へと橋渡しするはずである。ここは、目的地への方角を表している。理想郷に向かっての航海は、例え途中に魅力的な島があっても立ち寄らずに突き進む。経営方針(あるいは戦略)とは、理想郷へ向かう航路で、獲得すべき人材、スキル、ノウハウ、資材、あるいは逆に捨てるべき諸々の資源を記したものだろう。

◆道筋をどうやって決める?

方針を決める前提として、未来のあるべき姿に向けて、自社、競合、顧客の力関係で、強いところ、弱いところを的確に把握しておかなければならない。外部環境の動向を注意深く見守り、どこに未来の飛翔の扉があるか、どこに落とし穴があるかを探らなければならない。その分析をSWOT分析という。

SWOT分析に基づいて、到達すべき目標、成功の要因、手段、評価指標と評価法を落とし込んだものがバランススコアカードという管理手法である。経営理念、方針を組織に浸透させ、戦略レベルで目標と行動を一致させ、部分最適化ではなく全体最適化するために、わかりやすく適切な方法だと考えている。

◆投資をする前に吟味する3つの基準

多くの企業で失敗の直接的な原因は、投資がうまくいかなかったことである。その判断基準は大きく分けて三つある。

(1)現在価値割引法

  • 投下した資本と、一定期間内に得られる利益(資本コストで割り引く)を比べてプラスにならなければ投資の意味がない。
  • 100万円投資して想定した期間(5〜10年だろう)に80万円しか回収できないのならやめるべきだ。

(2)投資利益率法

  • 投資の資金調達には金利などのコストがかかる(資本コスト)。投資から得られる利益率が資本コストよりも大きくなければ資金は回っていかない。
  • 投資利益率がどれぐらいあるべきかについては、資本コスト(資金の調達コスト≒金利)と上乗せ利益(リスクを冒してまで事業を行ううまみ=リスクプレミアム)による。例えば10百万円の投資から毎年1百万円のキャッシュフローが得られるなら投資利益率は10%である。できれば10%以上確保したいところではないだろうか。
  • 有力な資産を持ったまま眠らせておくと、その資産から得られる獲得利益を逸しているので、自己資金100%の土地などにも疑似資本コストが発生していると考える。投資家から見れば、資産を眠らせている企業は魅力的な仕掛け先である。

(3)資金回収期間法

  • 投資額を回収するのに毎年の見込みキャッシュフローで除して何年で回収できるかをはじき出し、それが市場環境から妥当な年数なのかどうかの吟味をする。
  • 例えば、ある投資を行えばそこから得られるキャッシュフロー10年分で回収できるとする。しかし市場の動向からは、その設備から生み出される価値が10年間陳腐化しないとは考えにくい。よってこの投資は市場の変化に対応できうる投資がどうかの吟味が必要と考えるわけである。
  • 返済期間は、耐用年数や市場価値をにらんで設定するのだが、短く過ぎると資金が回らなくなり、長すぎると使えなくなった後にまだ債務が残る結果となる。

今後10年の経営方針から多少脱却するかもしれないが、有利な投資案件、確実性のある案件なら投資しても良いとの判断もあるだろう。予定どおりにことが運べばそれでよい。しかし市場には突発的なトラブルが起こりうる。そのとき、経営方針からずれた投資であれば軌道修正が難しい。「なんとかうまくおさめる」という経験値がきかないし、自社の他部門への相乗効果が見込めないからである。

その逆に戦略的な投資もある。例え投資後の評価指標がマイナスとなることがわかっていても、長期的な利益獲得に必要なコア資産ならあえて投資するという意思決定もありうる。しかし現実的には、よほど自社のコアスキルへ資するものでなければ、提携・外注したほうがいいだろう。なぜなら、どの業界においても市場価値のサイクル(新製品、技術、サービスの魅力が維持できる期間)は短くなっている。いざというときに、変化に対応する、いや変化をつくりだせる態勢にしておかなければならない。

100%確実な投資などない。運も確かにある。けれども投資の成否については、今後10年の経営方針の枠に収められるかどうかを見極めることではないだろうか。

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