しみじみと四国は…
山釣りのエッセイを書く熊谷栄三郎さんは全国の沢を歩く。

──四国で見つけたいもののひとつにサルナシの実があります。サルナシとはシラクチカズラに成る実で、北海道などではコクワの実といい、キウイの小型のような姿をしています。しかも一度食べたら忘れられない鮮烈な味がします。すっごく美味しいんです。サルナシには雄の木と雌の木があって、実が成るのは雌の木です。有名な祖谷のかずら橋の材料ですが、実が成っているのを見た人はいないんです。そういえば、吉野川源流にはマイタケも自生しています。東北だけではなく、全国の山で見つかります。

 戦前の推理作家に、森下雨村という人がいました。東京で名を成した後、郷里の土佐に帰って釣りばっかりして暮らした人です。おそらく絶版になっていますが、この人の作品に「猿猴川に死す」というのがあります。猿猴(えんこう)とは猿のことで、猿のようにすばしこい投網打ちの老人に付けられたあだ名です。ある日猿猴老人が川へ行くと、子どもが溺れていた。それを助けようと川に飛び込んだところ、頭を打って死んでしまったんです。釣り三昧の中にやさしい心根があった。四国にはそんな人がいたんです──。

 強風が焚き火の灰を散らす夜。十一月の吉野川の河原でほろよい加減の熊谷さんが「四国ってすばらしい処ですね」としみじみと話す。1997年秋の吉野川第十堰北岸での語らいである。


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